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 10月12日、BI研究会の調査・研究・交流の成果を伝える BI Lab News Vol.2 (Web版)を発行しましまた。

 BI研究会客員講師を務めるコーチャーズオフィス代表 岸田 伸幸氏の研究ノート「社会保障カード実証事業について」です。
 
『国民とICT業界の未来に大きな影響与えると注目された「社会保障カード事業」の実証事業の実際と中間報告の現状を、関係学会発表や報告会資料を基に詳細に論述した 研究ノートです。ICT業界、医療、社会保障、国・自治体等多くの関係者に役立つ論文と思います。ご活用頂けれ幸いです。』

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研究ノート

「社会保障カード実証事業について」
技術経営コンサルティング
コーチャーズ・オフィス
代表 岸田伸幸

※PDF版ダウンロードはこちら>>

1.はじめに
 平成21~22年度に、厚生労働省により、社会保障カード(仮称)実証事業(以下、同実証本事業)が実施された。社会保障カードは、日本国民各個人が社会保障分野での本人情報を活用するためのアクセスキーとして構想されたものである。それは同時に、医療・介護保険や年金保険に関する事務の効率化を目指している。
 同実証事業では地域住民個人にICカードを配布すると共に、これを利活用するユーザーフレンドリーなユーザーインターフェイスを備えた地域ネットワーク・システムを、地方自治体を軸に構築することが試みられている。
 同実証事業の成果は、「新たな情報通信技術戦略」(2010年5月11日 内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部決定)にフィードバックされると見込まれる。そして、電子政府、地域情報ネットワークインフラ、クラウド、アプリケーションなど、広汎な公共投資と周辺の事業機会の様態に影響を与えるだろう。
 以下、5/28-29の2日間、高松市で行われた日本医療情報学会、および8/31に行われた厚労省実証事業報告会での情報を中心に、その概要を速報する。なお、これに関する公式報告は、2010年度末を目途に提出される見込みであり、詳細はその公表をお待ち頂きたい。また厚生労働省報告会の資料は、以下のURLでダウンロードできるので、ご参照頂きたい。
  >>http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000pbb9.html

2.実証事業の概容
 同実証事業は、公募により全国7地域を選定した。各地域事業とも、2009年度中に概ねシステム開発とICカード利用モニターの募集を終え、2010年の4月から6月または7月までの3~4ヶ月間、実証運用した。なお、本事業の統括団体として、日本システムサイエンス㈱が、実証事業全体のコーディネートにあたっている。

 (参考)日本システムサイエンス株式会社
     代表 八幡秀弥 常務 星野正典 取締役 寺島邦夫  (UNIVAC出身)
     1990年設立 従業員20名 所在地 東京都千代田区平河町2-4-14

 そもそも同実証事業の目的は何であろうか。
 医療保険、介護保険、年金など、各種社会保障制度を担う保険者について、被保険者は保険者それぞれの加入者番号を持っている。このため、情報照会や本人確認などに際し、様々な不便が生じてきた。2001年の第一次医療情報化グランドデザインで打ち出された保険証ICカード化構想などのように、そうした問題を、情報技術を用いて解決するという極当然の着想は、過去何度となく浮上した。
 しかし、個人情報保護などの問題が障害となり、その実現は難航してきたのである。
 同実証事業が実施された背景には、年金記録問題がある。同実証事業が「保険加入者のライフイベントに依らない確実な給付の実現や利便性の向上」を狙いに掲げていることは、その反映である。その所謂「消えた年金」問題は、2007年に顕在化し、2009年の政権交代の重要な要因になったが、社会保障分野での個人情報電子化の追い風となった。
 社会保障カード構想の実現については、厚労省内で精力的な検討が重ねられ、2009年4月に同省「社会保障カード(仮称)の在り方に関する検討会」の報告書が提出された。同実証事業は、この報告書を踏まえて計画されたものである。(第4節参照)

 同実証事業では、実証7地域事業の全てで、個人情報の原本は各保険者のデータベース(DB)で管理する。そして、利用者は、中継サーバーのポータルからシングルサインオン(SSO)で必要な情報にアクセスできる、分散型サーバーのアーキテクチャを採用した。但し、福岡事業のみ、セキュリティ方式が異なるICカードで実証試験された。
 同実証事業では、このアーキテクチャを基盤に、各地域事業で個別のニーズやリソースに応じたサービス、アプリケーションを付加している。

3.地域事業各論
 実施7地域は以下のとおりである。
・三重県名張市 ・島根県出雲市(及び斐川町) ・長崎県大村市 ・和歌山県海南市
・千葉県鴨川市 ・香川県高松市 ・福岡県福岡市(フィールド実験は糸島市で実施)

3-1 三重県名張市
 名張市では、他の6地域に先駆けてシステム構築が行われた。これは各保険者の業務DBを中継DBで結び、安全なSSOアクセスを可能にする基盤ネットワーク・システムそれ自体の、実証を意図した為である。
 名張市では、ICカードは住基カードと兼用する形で発行された。そして、名張市の国保・介護・健診DB、健保組合の医療保険・特定健診DB、年金機構の年金情報DBの情報の、中継サーバーSSO接続による閲覧、および医療機関からのオンライン保険資格確認が可能なことが確認された(但し、年金情報については、実データの提供がなかったため、ダミーデータによる接続実証に留まった。他6地域も同じ)。参加市民は約120名であった。
 なお一部のモニターからは、PIN(個人認証暗証番号)入力が利用上のハードルになっているとの声があったという。主受託業者は、日立製作所である。

3-2 島根県出雲市
 出雲市では、出雲医師会が中心となってコンソーシアムを結成し、「いずも医療カード」事業を、7月末まで実施した。本地域事業には、出雲市と隣接する斐川町の計12医療機関が参加している。出雲市の実証モニターに配布されるICカードには、以下の機能がある。

・健診記録閲覧 特定健診結果のインターネット閲覧
・診療情報照会 一部診療情報(処方および検査結果)のインターネット閲覧
・診療予約 医療機関の外来インターネット予約
・年金情報閲覧 「年金定期便」と同等の情報閲覧を想定(今回はダミー情報)
・資格確認 将来、保険証をICカードに統合する想定での、遠隔資格確認

 本地域事業では、多数の診察券や保険証を1枚のICカードに集約できる患者側のメリットと、医療機関をまたいで検査結果や処方情報を共有できる医療者側のメリットを訴求している。また、医療従事者・管理者向けには、個人認証用ICカードを別途発行している。前者の患者向けカード利用者は2,016名、後者の医療者向けカード利用者は197名だった。
 出雲市医師会では、既にカルテ情報の二次利用による各種サーベイ事業(医療ネット島根;2002~)を進めており、その基盤の上に本地域事業を立ち上げたものである。
 情報システムの主受託業者は、県立中央病院のHISを構築した富士通である。

3-3 長崎県大村市
 大村市では、子育て支援機能「こどもすくすくネット」を取り込んだ「おおむら社会保障カード」を実証試験した。医療保険、介護保険、年金情報を個人ICカードで一元的に利用可能にする基本機能に加え、市内小中学校児童生徒の健康関連情報(身体測定、体力測定、予防接種、出欠)データベースとリンクし、家庭や医療機関で利活用する構想である。
 ICカードは、住民用と医療・教育従事者用の2種類を発行した。実証実験は、市内21教育機関と26医療機関をネットワークし、合計約1,179名が参加した。
 本事業は、市国保DBと子供健康DBのみで実証実験中となった(介護保険と企業等健保は不参加。年金はダミー情報。)。アンケート結果やヒヤリングに拠れば、「こどもすくすくネット」機能への、保護者からの反応は上々と思われるが、校医などによる子供健康情報のDB入力はマニュアルで行われており、実施面での課題は多いと見られる。
 本事業の情報システムの主な受託業者は、NTTデータである。

3-4 和歌山県海南市
 海南市では、「わみなカード」(わかやまみんなの健康カード)と称して社会保障カードの実証実験を行った。医療保険、介護保険、健診、診療情報、年金のデータを、中継サーバーを介したSSO接続により、住民および医療機関がワンストップで利活用できる基本機能は、他地域と同様である。
 「わみなカード」では、テレビ和歌山の協力を得て、地デジTVからの接続を可能にした点に特色がある。本地域事業では、地デジ、携帯電話、PCインターネットの、3通りの接続が可能である。マスコミ、イベントなどを通じ、市民へ本事業の周知と協力を求めたところ、601名の参加があった。事業結果の分析により、年齢層により利用するメディアが偏ることが判明した点は、収穫と思われる。
 本事業は、テレビ和歌山のほか、(株)サイバーリンクおよびNPO法人和歌山地域医療情報ネットワーク協議会の3者で構成するコンソーシアムが、海南市および地域医療機関・医師会の協力の下、受託・実施したものである。

3-5 千葉県鴨川市
 鴨川市の社会保障カード実証事業は、市内の鉄蕉会亀田病院が構築してきた地域医療情報ネットワークPLANETを基盤に実施された。具体的には、PLANETに、鴨川市国保情報、健診情報、年金ダミー情報をリンクする形で、ICカード認証による中継DB経由での分散DB群へSSO接続するというシステムを構築し、実証試験した。
 亀田健康保険組合が全面的に参加しており、民間健保組合との接続という点で、他の地域と比べ際立った特徴をもっている。亀田健保組合の被保険者・被扶養者5,864人(2010年7月1日現在)の全員が、社会保障カード機能付きの保険証一体型ICカードに更新し、本実験に参加している。それ以外に、鴨川市国保被保険者有志512名が、実験に参加した。
 また、亀田病院PLANETの診療情報閲覧サービスによる、充実した医療情報共有機能も、特長である。亀田グループの情報部門は、複数の有力情報系企業を使い分けて、オリジナルの情報システムを開発するマルチベンダー方式に実績がある。今回の事業を受託した、鴨川市と亀田病院の共同コンソーシアム事務局も、亀田病院内に置かれている。

3-6 香川県高松市
 高松市では、琴平電鉄が発行する複合ICカード「IruCaカード」に社会保障カード機能を付加する形で、実証事業が行われている。
 人口42万人の高松市では、住基カードの発行数は21,000枚に留まるが、バス・琴電への乗車、商店街での買い物、香川大学学生証などとして利用できるIruCaカードは、177,000枚(2010/3)が発行されている。そのIruCaカードの複合多機能化により、社会保障カードを地域振興事業へ拡張することを目論み幅広い市民の参加を狙った。しかし、実証実験参加は関連企業体社員を中心に5月末現在で666名に留まっている。事業当事者は、周知啓蒙の不足により、やや苦戦しているという認識である。
 本事業では、基本機能である国保、健保、健診、年金(ダミー)の情報閲覧に加え、香川県の医療機関電子カルテネットワークK-Mix(県内外90医療機関が加入)との接続認証もIruCa社会保障カードで可能であり、医療機関側からみた利便性は高い。またK-Mixと連携して開発されたeHealthサービス「eヘルスケアバンク」も利用可能にすることを想定しており、市民の日常的健康管理へ利用できる見通しである。
 IruCa本来の基本機能も含め、地域ぐるみで開発してきた各種ネットワーク・アプリケーションを1枚のICカードに集約して利用できる点でユニークな事業形態である。
 本事業システムの構築および運営は、四国電力系SI企業(株)エスティーネット、香川大学系ベンチャー企業ミトラが中心となって実施した。保険者としては、高松市国保に加え、JR四国、JR四国バス、琴平電鉄など事業参画企業の健保組合が参加している。

3-7 福岡県福岡市
 福岡市では、九州大学を核に組織された福岡経済情報基盤コンソーシアムにより、社会保障カード実証実験が行われた。本地域事業では、多目的の市民カードとしてICカードを発行し、その中核機能に、社会保障カード機能を位置づける構想である。
 本地域事業では、同事業の基本機能である各種社会保険情報の閲覧や医療情報の共有に加え、自治体の各種窓口業務(証明書の申請・交付など)を、ネットワーク経由で取り扱うことを試みた。そして、将来的には、医療・介護保険証、診察券、母子・障害者・年金手帳などのICカード1枚への集約に加え、市民カードとして電子申請や図書館など地域施設の利用、地域公共交通機関パス、地域振興事業への利用を目論んでいる。
 これらサービスメニューの大半は、1,023名が参加した、糸島市でのフィールド実証実験で試験された。しかし、ビジネスモデルのテストを含む、フィールドでは困難な実験は、2教育機関(福岡女子大、北九州高専)および2行政機関(糸島市、福岡市西区)での、シミュレーション実証により試験された。実験項目には、介護・福祉関係サービスや、行政機関での転出入窓口サービス、出生届関連などが含まれる。これらシミュレーション実証実験には、1,938名が参加している。
 福岡事業のもう一つの特徴は、ネットワーク・セキュリティがSSO方式でなく、Hidden Relation ID Access方式(HireID)で試験された点である。HireID方式では、ICカード内のメモリにID情報に加えて、保険資格情報やサービス履歴情報を保有する点が特色である。HireID方式はSSO方式よりも、端末やネットワーク経由の情報漏えいに強いとされる。本事業のSSO方式向システムが、HireID方式でも利用可能なことが実証されたといえる。

↑参考資料:社会保障カード実証事業実施自治体毎のサービス内容一覧表
(クリックすると画像が大きくなります)

4.解説;同実証事業の電子政府化戦略上の位置付け
 同実証事業は、社会保障システム情報化政策構想の発展プロセス上では、2009年4月の厚労省検討会「社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書」(以下、同報告書)と、2010年5月の内閣府高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)「どこでもmy病院」構想(以下、同構想)の、中間に位置付けられる。以下、これら報告書と構想について簡単に説明し、同実証事業との関係を述べる。

4.1 「社会保障カード(仮称)の基本的な計画に関する報告書」
 同報告書が、あくまで「(仮称)」と予防線を張りながらも提示した、社会保障カード(仮称)・ネットワーク・システムの基本的な仕組みが、同実証事業の共通部分;分散型サーバーのアーキテクチャとして採用された。その要点は、次のとおり。

(1)社会保障カードは、HPKI方式の個人認証システムに対応したICカード。
(2)各種社会保険情報の、被保険者一元的な電算管理を可能にする、電子保険証。
(3)保険資格情報など被保険者情報は、保険者のみが保有する。
(4)新たに設置する中継データベース(仮称)が、被保険者記号・番号など必要最小限の、中継管理のための情報を持ち、ディレクトリ機能を行う。
(5)プライバシー侵害、情報の一元的管理に対する不安を和らげつつ、将来的な用途拡大に対応できる仕組みを目指す(プラットフォーム指向)。

 この仕組みにより被保険者(一般市民)は、自らの社会保険関係情報の閲覧や利活用が、一カ所で完結する形で可能になる(ワンストップサービス)と考えられた。また医療機関には、日常的に問題となる患者の保険資格確認を、オンラインで行えるメリットが訴求された。保険者や行政機関には、事務の効率化のみならず、関係機関の情報連携(バックオフィス連携)の仕組みの構築が可能になるため、より効果的な保健事業や厚生施策、年金記録問題に類する事故の防止などのメリットが強調された。
 社会保障カード(仮称)システムは、こうした目先の効果を切り口に導入が提唱された。しかし、その本質は、「社会保障制度における自らの情報や社会保障制度に対する情報の可視化・透明化を進めること」、「利用者が効率的にきめ細かなサービスを受けられること」である(p.1, 同報告書)。同実証事業は、社会保障カードの導入で可能となる「きめ細かなサービス」について、様々なアイデアを具現化し可用性の実証を図ったといえる。

4.2 「どこでもMY病院」構想への発展的統合
 同構想を提唱した内閣府IT戦略本部は、国家的IT戦略推進のために創設された機関であり、電子政府計画などの推進状況の監督と同時に、随時、その戦略構想を更新している。
 上述した社会保障カード(仮称)構想は、2009年4月に発表された「デジタル新時代に向けた新たな戦略~三カ年緊急プラン~」の目玉政策である「国民電子私書箱」システムとリンクした形で提唱されたものであった。「三カ年緊急プラン」は自民党政権下で作成されたため、2009年夏の政権交代により見直しを余儀なくされた。その成果として2010年5月に発表されたのが、同構想を含む「新たな情報通信技術戦略」(以下、新戦略)である。新戦略では、30の戦略案件について工程表を示し、関係機関別にタスク達成の年限を設定して実行を図った。同報告の社会保障カード(仮称)構想は二分割された格好で、発展的に新戦略へ盛り込まれた。2つとは、1(1)ⅳ)「国民ID制度の導入と国民による行政監視の仕組みの整備」、2(1)ⅰ)「『どこでもMY病院』構想の実現」である。

4.3 「国民ID制度の導入と国民による行政監視の仕組みの整備」
 社会保障カード(仮称)を社会保障行政全般の個人認証の基盤とする構想は、新戦略のなかでは、公的IDカードの要件課題の整理に置き換えられた。つまり、社会保障カード(仮称)構想が、そのまま実現することは、考えにくい状況となっている。新たな国民ID制度へ、発展的に統合する計画である。新戦略工程表では、2013年後半から逐次導入を進め、2020年を目処に導入することを目標にしている。また、国民ID制度を利用した各種行政サービスの仕組みを、今後、厚労省のみならず、経産省、総務省、文科省でも検討していく予定である。そして、国民ID制に慎重な意見にも配慮し、個人情報管理を監視する第三者機関を設置する方針を同時に示している。
 従って、社会保障カード(仮称)に代わり、国民ID制度による個人認証を利用したSSOネットワーク・プラットフォームが構築されることになる。その基盤上に、各種電子政府サービスや、個人健康・行政情報利活用のためのサービスをマッシュアップする形で、国民向け電子政府ポータルが形成されることが考えられる。

4.4 「『どこでもMY病院』構想の実現」
 新戦略のなかで、同実証事業が試みた「きめ細かなサービス」に対応する部分が、「どこでもMY病院」構想である。
 第1節でみたとおり、各地域事業は、ICカードを基盤に個人認証されたネットワークを通じ、医療機関、保険者、行政機関などと、利用者一人一人を結んだ。そしてそのネットワークを介して、円滑な地域医療(出雲、鴨川、高松)や、市民の普段の健康作り(海南)、児童の健康管理(大村)など、様々な医療保健上の課題へのサービスの提供を試みた。
 「どこでもMY病院」構想は、国民一人一人の保健・医療に関する情報を、個人を単位に生涯を通じて、電子的に記録、蓄積、活用を図る、日本版PHR(Personal Health Record)である。新戦略工程表では、沖縄県浦添市で実施された、経産省、総務省、厚労省の3省合同のPHR実証事業を叩き台に、具体化を図る目論見である。
 新戦略により、同実証事業のプラットフォームの実現性は後退した。しかし、新戦略の「どこでもMY病院」構想は、ネットワーク経由で個人健康情報を取り扱う点、各種保健・医療サービスの提供を図る点、HPKI方式セキュリティ技術や中継サーバー型アーキテクチャを用いる点など、同実証事業との共通点は多い。
 従って、国民の税金を投じて同実証事業で得られたデータや経験は、新戦略の「どこでもMY病院」構想へ、フィードバックされるべきものである。新戦略工程表では、「どこでもMY病院」第一期サービス(診療報酬明細、調剤情報)を2013年中に開始し、そして、第二期サービス(健診情報、本人向け退院サマリ、生検結果、バイタルデータ)を2014年中に開始することを、目標に掲げている。「どこでもMY病院」PHRを活用した、eHealthやリアルの保健サービスの開発と導入も、この時期が目途になるだろう。

5.まとめ
 7地域事業は、夫々特色ある企画を揃えた。しかし、実際の実証内容をみると、高松、鴨川など、先行して地域医療情報ネットワークが構築されてきた地域と、そうでない地域との、格差は著しい。ニーズの地域特性や資源制約を勘案すると、既存のインフラを活かした地域の特色ある医療・保健情報ネットワーク・システムが、当面、全国各地に並存する状況が見込まれる。
 その場合、運営主体は、政令市、または都道府県がなる可能性が大きい。なぜなら、国民健康保険改革の一環として、都道府県単位の地域保険へ統合する方向だからである。この点は、現在進行中の後期高齢者医療制度改革論議のなかで確認できる。将来的には都道府県が医療と介護の実質的な一元的保険者となり、市町村が実際の給付や保険料徴収、連携手配、保健事業などのサービスを行う、業務分担が見込まれよう。
 そうした前提で、都道府県が構築することになるだろう医療・健康情報ネットワーク・システムを考えてみる。このシステムは恐らく、新戦略工程表が2012年度以降に導入を図る計画の所謂自治体クラウドを利用する有力候補である。これに伴い、クラウド事業者、SI事業者、アプリ開発業者などの情報事業者に、大きな事業機会が見込まれる。但し、SSOからマッシュアップする形で、分散した各種DBやネットワーク・アプリケーションに接続・利活用するため、情報事業者の事業機会は、かなり広く浅く生じてくると思われる。
 また、大学病院などを核とした、産官医連携開発による専門化した地域医療支援アプリケーションのプラットフォームとしても、有用と考えられる。その前提として基盤ネットワーク部分の国による構築と提供、そして地方向け財源の確保・移譲が欠かせないだろう。
 しかし、匿名化個人健康情報DBの利用ルールや、国民ID付与(国民総背番号制)とその第三者監督機関の具体像など、今後詳細を詰める段階で論議を呼びそうな部分も多い。
 最後に私見として、政治の節目毎に医療情報化戦略が変更される弊害を指摘しておきたい。同実証事業の根拠である社会保障カード(仮称)がお蔵入りしたのは、政権交代の影響だった。国家IT戦略が頻繁に変更される状況では、地方は目まぐるしく変わる目先の仕事に翻弄されて疲弊し、民間は戦略的な長期投資を控えざるを得ない。こうした点は、人材不足や投資不足に悩まされる医療分野では、特に問題である。政治とは一線を画し、高度の専門性と国民に開かれた運営に担保された、医療情報化戦略推進体制が望まれる。
以上

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