2013/07/16 第2回「人事制度にどこまで書けばよいのか?」
人事制度を導入していれば、その中で様々な運用上の問題が出てくるのは当然のことですし、これを見直しながらより良いものに作り上げていくのは当たり前に必要なことです。
こんな中で、人事制度に対する現場からの問題提起の中で、「もっと具体的に」、「もっと詳細に」、「もっとわかりやすく」といった指摘ばかりが出て来ることがあります。私の経験上では、初めて人事制度を導入したような企業、成熟途上の比較的若い組織、マネジメント経験の少ない人が多い組織、技術系など何でも理屈で考える傾向が強い組織などで、このような指摘の出てくることが多いように感じます。
話を聞いていくと、「評価のバラつきを抑えるため」「相手の納得感を高めるため」など、それなりの理由はいろいろ出てきますが、その発言の背景として、“要はあまり考えたり説明したりしないで済むようにしたい”、“そのために細かく取り決めをしてマニュアル化してほしい”といっているように感じることが往々にしてあります。
人事制度にはその時代による流行のようなものがあります。評価基準や職務要件といったものを具体化、詳細化、定量化するという流れは十数年前にありましたが、その後あまり定着していきませんでした。具体化、詳細化、定量化というのは、結局は会社全体の仕事内容をマニュアル化することになり、業務変化のサイクルが速い昨今の環境では、それを作り上げるために膨大な労力、時間、コストがかかり、目的に見合わないことがはっきりしてきたからです。
人事制度でどこまで決めて、どこからを運用によって現場に委ねるかというさじ加減は、そこで働く社員の意識、経験レベル、その他環境で異なるので、どんな形が良いとは一概には言えません。ただ、何でもかんでも規則、基準、決まりを作るということは、一方では個々の社員が判断する部分を狭めるということになります。
「制度として細かいことを決めて欲しい」という意見が出るということは、裏を返せば「自分が判断しなくて済むようにしてくれ」と言っているのかもしれず、自分の役割認識の不足、責任感や当事者意識の不足といった問題が隠れていることもあります。人事制度の問題として指摘されている事柄でも、実は運用方法やマネジメントスキルといった、制度とは離れたところに問題の本質があるケースが多々あることを考えておかなければなりません。
例えば法律であれば、条文に何でもかんでも詳細に書かれているわけではなく、一つ一つの事例に対する判例を積み重ねていくことで基準を作り上げていきます。
体操やフィギュアスケート等の採点競技では、限られた時間内で直接見える範囲の演技が対象ということもあり、決められるところはかなり詳細な基準を決めていますが、それでも個々の審判に委ねられる部分はあり、前後のミーティングや各種講習などで常に目線合わせを行っています。そしてそこまで緻密にすり合わせを行ったプロの審判が採点していても、やっぱり採点結果はばらつきます。これに向けた対応は、ミーティング等による目線合わせを継続して行うことが基本であり、採点基準の見直しはルール変更になるので、万全な準備のもとに一定期間を置きながら行います。
これを人事制度に置き換えると、もちろん基準の見直しは必要ではあるものの、例えばお互いの評価結果を持ち寄って検証しあう評価検討会議など、運用の中で発生した事例を意識共有する場を作っていくことで、判断事例が積み重なり、徐々に判断基準は醸成されていくはずです。そしてそれを継続することが大切になります。人事制度改訂は、制度の定着度合や運用状況を見ながら行うことになります。
基準が細かく示されているのは一見良いように感じるかもしれませんが、実はそのせいで各自が判断する機会、考える経験を奪っていることもあり得ます。自分で判断を下す習慣がついていない訳ですから、そんな社員にいざ“マネジメント”などといってもできる訳が無いと思います。
人事制度の課題として見えていることでも、実は別の問題が隠れていることがあります。安易に制度を直すことばかりではなく、本質的な問題が何かをきちんと捉えることが重要であると思います。
小笠原 隆夫(おがさわら たかお)
コンサルタント(人事制度、組織活性化、採用支援)
人事制度構築、組織活性化といった人事の悩みは、多くの企業で抱えている のではないでしょうか。
人事コンサルタントとして直面した課題事例や、人の感情ややる気・ムードといった人間の感覚的な切り口を合わせ、みんながハッピーになれる人事、組織とはどんなものなのかを考えて行きたいと思っています。
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