2023/03/09 「経済安全保障」第10回 米国とともに日本を守るには不可欠!セキュリティ・クリアランス制度
こんにちは。BIP経済安全保障コンサルタントの児嶋秀平です。私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。
この講座では、現内閣の最重要政策の一つである「経済安全保障」を巡る動向と、それが企業に与えるであろうインパクト等について、元国家官僚としての私見を交えつつご説明したいと思います。
今回は、日本を取り巻く厳しい国際情勢を踏まえつつ、経済安全保障推進法で政令指定された特定重要物資に関するその後の動きを追います。
そして仮想敵国の脅威から米国とともに日本の安全保障を確保していく上で欠かせないセキュリティ・クリアランス制度について、解説します。
目 次
■ウクライナ戦争は侵略開始から1年が経過
去る2月24日、ロシアによるウクライナ侵略開始から1年が経過しました。
昨年3月30日の時点で、私はこの連載(第2回)において「ウクライナ戦争は長期化するだろう」と予測しました。残念ながらこの予測は当たってしまいました。
▼第2回コラム:ロシア・中国への経済依存から脱却する方法と経済安全保障法案の概要
https://www.bi-p.co.jp/column/14131/
ウクライナは東部を中心に全土において民間人の虐殺を含む多大な損害を被りながら、今もロシア軍の非道な猛攻を耐え抜いています。しかしながら、戦局はもはや消耗戦の様相を呈しており、したがって、この戦争が長引くほどウクライナ側が不利になるでしょう。
一方、ウクライナ軍の善戦によりロシア軍がいかに苦戦を強いられても、プーチンに停戦の意思は全く感じられません。彼は徹底的にやる気でしょう。また習近平は自らの台湾侵略を想定しつつ、ウクライナ戦争の帰趨を見極めていることでしょう。冷戦後の国際秩序は崩壊の危機に瀕しています。
ならば、日本を含む国際社会は今こそ集中的にウクライナを支援して、できるだけ早期にこの戦争をウクライナ側の完全勝利で終結させる必要があります。そしてそのためにも、懸念される中国によるロシアへの軍事支援は絶対に阻止しなければなりません。
私としては、この春に欧米諸国から供与される高性能戦車によるウクライナ軍の大反撃に期待しています。ここで一気に決めきれなければ、事態はさらに長期化・泥沼化し、ひいてはロシアによる核使用や、中国による台湾侵略のリスクも一段と高まるだろうからです。
■関係企業は要フォロー、経済安保推進法の「特定重要物資」
このような国際情勢の下、隣国である中国・ロシア・北朝鮮を仮想敵国として昨年4月に成立した日本の経済安全保障推進法は、昨年末以降、着実に施行されています。
昨年12月23日には、政府は国を挙げて安定供給確保を図るべき「特定重要物資」として、以下の11物資を政令指定しました。
- 一 抗菌性物質製剤
- 二 肥料
- 三 永久磁石
- 四 工作機械及び産業用ロボット
- 五 航空機の部品(航空機用原動機及び航空機の機体を構成するものに限る。)
- 六 半導体素子及び集積回路
- 七 蓄電池
- 八 インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて電子計算機(入出力装置を含む。)を他人の情報処理の用に供するシステムに用いるプログラム
- 九 可燃性天然ガス
- 十 金属鉱産物(マンガン、ニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、ニオブ、タンタル、アンチモン、リチウム、ボロン、チタン、バナジウム、ストロンチウム、希土類金属、白金族、ベリリウム、ガリウム、ゲルマニウム、セレン、ルビジウム、ジルコニウム、インジウム、テルル、セシウム、バリウム、ハフニウム、レニウム、タリウム、ビスマス、グラファイト、フッ素、マグネシウム、シリコン及びリンに限る。)
- 十一 船舶の部品(船舶用機関、航海用具及び推進器に限る。)
e-GOV 法令検索:経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律施行令
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=504CO0000000394_20221223_000000000000000
なお、上記のうち八号物資は、いわゆる「クラウドプログラム」のことです。
その後、12月28日及び本年1月19日には、特定重要物資の各所管官庁(厚労省、農水省、経産省、国交省)が、各物資の安定供給確保を図るための取組方針を公表しました。
▼内閣府:「安定供給確保を図るための取組方針」の一覧
https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/sc_houshin.html
また、2月8日には、経済安全保障法制に関する有識者会議(第5回)において、内閣官房が以下の2つの基本指針の原案(閣議決定案)を示しました。
・特許出願の非公開に関する基本指針(案)
・特定妨害行為の防止による特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する基本指針(案)
内閣官房:経済安全保障法制に関する有識者会議(令和4年度~)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/4index.html
特定重要物資を取り扱う企業をはじめ、経済安全保障推進法の対象となる関係企業は、今後ともこれらの動きをしっかりフォローして、適切な対応を講じる必要があります。
■残された課題は「セキュリティ・クリアランス制度」の創設
経済安全保障推進法に積み残された重要課題は、セキュリティ・クリアランス制度の創設です。これに関するこれまでの政府の動向を振り返りましょう。
まず、昨年4月6日に同法が国会で成立した際、衆参両院で以下の付帯決議がなされました。
国際共同研究の円滑な推進も念頭に、我が国の技術的優位性を確保、維持するため、情報を取り扱う者の適性について、民間人も含め認証を行う制度の構築を検討した上で、法制上の措置を含めて、必要な措置を講ずること。
そして、12月16日に閣議決定された「国家安全保障戦略」には、以下の一文が記載されました。
主要国の情報保全の在り方や産業界等のニーズも踏まえ、セキュリティ・クリアランスを含む我が国の情報保全の強化に向けた検討を進める。
内閣官房:国家安全保障戦略について
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216anzenhoshou.html
これを踏まえ、本年2月14日に開催された経済安全保障推進会議において、岸田総理は高市大臣に対し、以下の指示を発しました。
高市経済安全保障担当大臣におかれては、経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度のニーズや論点等を専門的な見地から検討する有識者会議を立ち上げ、今後1年程度をめどに、可能な限り速やかに検討作業を進めてください。
内閣官房:経済安全保障推進会議(第4回)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo/dai4/gijisidai.html
これを受け、去る2月21日、内閣官房は「経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議」を設置し、翌22日に第1回会合を開催しました。
▼内閣官房:経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度等に関する有識者会議
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo_sc/index.html
同会合を構成する委員には、学識経験者の他に、産業界代表(日本商工会議所常務理事、経済同友会副代表幹事、日本経済団体連合会常務理事)が名を連ねています。
■セキュリティ・クリアランスとは?対象と想定
同会合において内閣官房が示した資料によれば、「セキュリティ・クリアランス」の定義は以下の通りです。
いわゆる「セキュリティ・クリアランス」とは、国家における情報保全措置の一環として、
①政府が保有する安全保障上重要な情報を指定することを前提に、
②当該情報にアクセスする必要がある者(政府職員及び必要に応じ民間の者)に対して政府による調査を実施し、当該者の信頼性を確認したうえでアクセス権を付与する制度。
③特別の情報管理ルールを定め、当該情報を漏洩した場合には厳罰を科すことが通例。
すなわち、セキュリティ・クリアランス制度の対象となる情報は政府が保有する情報に限られ、民間企業が保有する情報は対象外、ということです。
また、同資料において、「セキュリティ・クリアランスと安全保障上重要な情報のやり取りのイメージ」として、以下の説明がなされています。
・政府が保有する安全保障上重要な情報へのアクセス権(セキュリティ・クリアランス)は、基本的には自国民を対象に付与される。
・外国政府の安全保障上重要な情報にアクセスするためには、自国政府を通じて行う必要がある。
すなわち、日本企業が米国政府の機微情報に直接アクセスすることは想定されない(逆もまた同様)、ということです。
■米国とともに日本の安全保障を確保する上で不可避・不可欠な道
今後は、有識者会議の議論を通じて、セキュリティ・クリアランス制度の細部の具体化が図られます。焦点の一つは、民間人に対して政府がどのような事項をどのような方法で調査するのか、にあるでしょう。どこまで踏み込むかは、人権にも関わりうる問題です。
そして、岸田総理から高市大臣への指示に「今後1年程度をめどに」とあることから、ややスピードが遅いような気もしますが、おそらく1年後の通常国会において経済安全保障推進法の改正が行われて、セキュリティ・クリアランス制度が創設されるものと思われます。
いずれにせよ、日本におけるセキュリティ・クリアランス制度の創設は、中国・ロシア・北朝鮮の脅威から米国とともに日本の安全保障を確保していく上で避けては通れない、必要不可欠な道であると考えます。
もちろん、過度に厳格な制度は産業の発展を阻害し人権侵害にもつながりますが、逆に産業界や人権問題に配慮し過ぎて制度が形骸化しては意味がありません。それでは米国政府との機微情報の円滑な交換もできないでしょう。
私としては、セキュリティ・クリアランス制度が真に実効的なものとなることを望みつつ、引き続き議論の動向を注視していきたいと思います。
BIP株式会社は、「企業様と共に事業開発・経営改善に取り組み、第2・第3の成長を創るパートナー」であることをビジョンとしています。
この講座では「経済安全保障」に関して、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指して連載を進めます。
以上
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児嶋 秀平(こじま しゅうへい)
弁理士 経済安全保障コンサルタント
このミニ講座では、急速にクローズアップされている「経済安全保障」を巡る法律の立案と関連する動向、それが企業に与えるであろうインパクト等について、私見を交えつつご説明していきたいと思います。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。多様な経験を活かして企業の皆様に貢献したいと思っています。
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