2022/03/30 「経済安全保障」第2回 ロシア・中国への経済依存から脱却する方法と経済安全保障法案の概要
こんにちは。弁理士・経済安全保障コンサルタントの児嶋秀平です。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。
このミニ講座では、現内閣の最重要政策の一つである「経済安全保障」を巡る動向と、それが企業に与えるであろうインパクト等について、元国家官僚としての私見を交えつつご説明したいと思います。
前回の記事では、経済安全保障法案について判明していた断片的な情報から大きく四分野となることを読み取り、そのうちの二つを解説しました。今回は経済安全保障法案の全文が公開されましたので、改めて条文ベースでの分析と解説に入っていきたいと思います。
目 次
■ロシアによるウクライナ侵略は長期化か
本稿を執筆している3月20日現在、ロシアによるウクライナ侵略は引き続きとどまる気配がありません。ロシア軍は、ウクライナの首都及び東部主要都市を蹂躙し、こどもを含む多くの無辜の市民を殺戮し、西側隣国への大量の難民を発生させながら、その無差別的な攻撃を一層強めている状況です。
ロシアとウクライナの停戦交渉は三度にわたり決裂し、頑迷なプーチン大統領に妥協の兆しは全く見られません。国連は、国際法違反を厭わないロシアがまさに世界の安全を保障する理事会の常任理事国であるという笑えない冗談のような事実のために、この戦争を止める術を持ち合わせません。
一方、劣勢にあるとはいえウクライナ軍の士気はロシア軍よりもはるかに高く、欧州からの高性能な武器弾薬の支援も受けて、意外なほど善戦しています。したがって、この戦争は今後も相当の期間にわたり長引くものと思われます。
■日本はロシア・中国への経済依存から早急に脱却すべき
このような状況下、我が国を含む国際社会は、SWIFTからの追放や最恵国待遇の解除など、ロシアへの経済制裁を強めています。また、各国の民間企業もロシア市場から続々と撤退しています。これらの動きは、ロシア経済にとって大きな打撃です。今後、ロシア国内の市民生活の困窮度がじわじわと高まれば、それはプーチン大統領に対する有効なボディブローとなるでしょう。
そして我が国は、中国だけでなくロシアへの経済依存から早急に脱却する必要があります。すなわち、我が国における経済安全保障の重要度はかつてなく高まっているということです。まさにこのような時期に経済安全保障法案が閣議決定され国会に提出されたことは、極めてグッドタイミングであったと言えるでしょう。
とはいえ、資源小国である我が国が石油・天然ガスの大産出国であるロシアへの依存を切ることは、現実には容易なことではありません。既に国内のガソリン価格はオイルショック以来の急騰を示し、国民生活を圧迫しています。また、常温で気体である天然ガスは備蓄することが困難です。一方、工業生産国である我が国は、触媒などに用いるパラジウムなどの希少金属(レアメタル)についても相当量をロシアに依存しています。
したがって、我が国の経済安全保障において、ロシアとの関係で最大の課題となるのは資源エネルギー分野の安全保障です。以下、エネルギーと希少金属の安全保障について、私見を述べます(BIP株式会社の見解ではありません)。
■脱ロシア・中国依存の方法1:エネルギーの確保
エネルギーについてロシアへの依存度を低下させる方法は、第1に化石燃料依存を低下させる現在のカーボンニュートラル政策を更に強力に加速することです。その鍵となるのが再生可能エネルギーの普及拡大ですが、太陽光発電や風力発電は天候に左右され出力が安定しないという課題を抱えています。この課題を技術的に解決するには一定の時間を要するでしょう。
そこでより即効性のある第2の方法は、現在停止している全国の原子力発電所の早急かつ大規模な再稼働です。もちろん安全確保が第一です。しかし、我が国は東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故の反省から、今や世界でも突出して厳格な原発安全基準を設けています。この安全基準をクリアする原子力発電所は、すみやかに再稼働すべきです。
東日本大震災から11年が経過したとはいえ、原子力発電に対する国民の不安やアレルギー反応はいまだ払拭されてはいない状況です。これはある意味しかたのないことではありますが、このことが原子力発電所が安全基準を満たしても再稼働ができない原因となっているのです。
しかしながら、今後、ロシアからの化石エネルギー供給が減少又は途絶しても、その分の代替調達先を確保することは相当困難でしょう。エネルギー調達において、同じく資源小国である欧州諸国との厳しい国家間競争となるからです。
したがって、我が国のエネルギーの安全保障は、再生可能エネルギーの普及拡大と原子力発電の再稼働(さらには新増設)との二刀流を加速することによってのみ達成されると、私は考えます。
なお、原子力発電所については、テロ攻撃の規模を超えた軍事攻撃からの防衛体制の構築が必要です。その必要性は、ロシア軍によるウクライナ国内の原子力発電所に対する攻撃というタブーが犯されたことにより顕在化しました。世界の核セキュリティの常識は、正常な判断力を失った独裁者プーチン大統領によって否応なく新たな局面に移行させられたのです。そしてこの防衛体制は、原子力発電所が稼働しているか停止しているかにかかわらず、発電所内に核燃料が存在する限り必要であるのです。
■脱ロシア・中国依存の方法2:希少金属の確保
次に、希少金属についてロシア(及び中国)への依存度を低下させる方法は、第1には代替調達先の確保とその国家備蓄・民間備蓄の拡大です。しかしこれが容易でないことは上述のエネルギーの場合と同様です。
第2は金属リサイクルの推進と高度化です。ハイテク製品の廃棄物を分別して溶融し、希少金属を抽出する技術を高めるのです。これは短期的には有効な方法ですが、自ずと生産規模に限界があるでしょう。
そこで第3の方法は、海底鉱物資源開発の加速です。島国である我が国の排他的経済水域は世界第6位の広大な面積を有しています。同水域内の海底火山帯の周辺海域には、海底熱水鉱床やコバルトリッチクラストと呼ばれる希少金属を豊富に含む岩盤が海底表面を広く覆っていることが、政府の海洋調査によって判明しています。
したがって、我が国の希少金属の安全保障は、排他的経済水域の南方の起点となる沖ノ鳥島を頑強に保全し、同水域内での他国(主に中国)による違法な経済活動を厳しく排除しながら、海底鉱物資源を商業的なコストで採取するための技術開発を早急に進めることによってこそ将来の活路が見出せると、私は考えます。
■経済安全保障法案の概要:第1章「総則」
さて、上記のような課題を含め、我が国を取り巻く様々な経済安全保障上の課題に対し、政府の経済安全保障法案はどのような解決策を提供できるのでしょうか。
去る2月25日に閣議決定された経済安全保障法案は、現在、内閣官房のウェブサイトにおいてその全文が公開されています。
【PDF】内閣官房サイト「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」(正式名称)https://www.cas.go.jp/jp/houan/220225/siryou3.pdf
前回のミニ講座では、有識者会議の提言に基づいて経済安全保障法案の内容をご紹介しましたが、今回は公開された条文に基づいて改めて見ていきましょう。
第一章「総則」(第1~5条)
第1条:目的
第2条:基本方針
第3条:内閣総理大臣の勧告等
第4条:国の責務
第5条:留意事項
第二章「特定重要物資の安定的な供給の確保」(第6~48条)
第三章「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保」(第49~59条)
第四章「特定重要技術の開発支援」(第60~64条)
第五章「特許出願の非公開」(第65~85条)
第六章「雑則」(第86~91条)
第七章「罰則」(第92~99条)
附則(第1条~11条)
次に、経済安全保障法案は、全部で7章構成となっています。第1章は「総則」で、全5条で構成されています。その第1条は「目的」です。法律解釈の全ての拠り所となる最も重要な条文なので、やや冗長ですがそのまま引用します。
「第1条 この法律は、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針を策定するとともに、安全保障の確保に関する経済施策として、特定重要物資の安定的な供給の確保及び特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度並びに特定重要技術の開発支援及び特許出願の非公開に関する制度を創設することにより、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進することを目的とする。」
この目的条項から読み取れる経済安全保障法案の特徴は、第1に、「経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為」の存在を明記した点、すなわち、経済活動における「敵」の存在を認識し、その敵による「故意の敵対行動」を明確に前提としている点です。想定される敵が中国でありロシアであり北朝鮮であることは明らかです。なかなかに踏み込んだ、攻めた表現であると思います。
第2に、それぞれが独立の法律によって創設しうる4つの新制度を、経済安全保障法という1本の法律の中に併存させて、より上位の「基本的な方針」によってひとまとめに束ねる、という構造を採用した点です。役人の感覚からすれば強引とも思えるこの構造に、この法案にかける岸田総理及び首相官邸の意気込みとそのリーダーシップを感じるのは私だけではないと思います。
さて、第1章の第2条は「基本方針」です。政府は4つの制度に関する基本事項を定めた基本方針を閣議決定し公表しなければならない旨が規定されています。第3条は「内閣総理大臣の勧告等」です。総理大臣が関係行政機関の長に対して協力を求め、勧告し、情報提供できる旨が規定されています。第4条は「国の責務」です。国の関係行政機関は相互に協力し、財源措置を確保する旨が規定されています。最後の第5条は「留意事項」です。この法律の規制措置は経済活動に与える影響を考慮し、必要限度内で行う旨が規定されています。この第5条は主に経済界の不安に配慮して入れた条文なのでしょう。以上が、第1章「総則」の内容です。
■次回のミニ講座について
今回は我が国がロシア・中国の経済依存から脱却するための方法と、公開された経済安全保障法案の原文、特に第一章「総則」の内容について解説しました。
次回は、経済安全保障法案の柱として第2章から第5章までに規定されている4つの新制度(①特定重要物資の安定的な供給の確保に関する制度、②特定社会基盤役務の安定的な提供の確保に関する制度、③特定重要技術の開発支援に関する制度、④特許出願の非公開に関する制度)の内容について、経済安全保障法案の条文ベースで解説したいと思います。
BIP株式会社は、「企業様と共に事業開発・経営改善に取り組み 第2・第3の成長を創るパートナー」であることをビジョンとしています。本ミニ講座では「経済安全保障」に関して、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指して連載を進めます。
最後に、ウクライナの地に一日も早く平和と安全が訪れることを心から祈ります。
以上
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児嶋 秀平(こじま しゅうへい)
弁理士 経済安全保障コンサルタント
このミニ講座では、急速にクローズアップされている「経済安全保障」を巡る法律の立案と関連する動向、それが企業に与えるであろうインパクト等について、私見を交えつつご説明していきたいと思います。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。多様な経験を活かして企業の皆様に貢献したいと思っています。
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