2023/01/20 人への投資・人的資本を考える(4)経営人材育成への投資とグループガバナンス
企業の成長戦略を実行するのに必要な経営リーダー人材の育成は、企業の持続性を担保するために不可欠です。
また、コーポレートガバナンスの観点からも、その適切な選抜・育成は重要であると認識されています。
中でも、経営リーダー人材にどのような経験を積ませるかを経営者がデザインすることが重要で、育成のために割り当てるポストとして、子会社の経営陣ポストを積極的に活用することも有効だとされています。
今回は、その理由や背景を見ていきましょう。
ここでは特に複数の事業ポートフォリオを持つ企業グループにおける後継者計画に注目し、その人選と育成がグループガバナンスと組み合わせて検討されるべきことを示します。
なお、経営陣の育成について、コーポレートガバナンス・コードでは、原則4-1③(最高経営責任者(CEO)等の後継者計画の策定・運用)と、原則4-14(取締役・監査役のトレーニング)として規定しています。
【PDF】(株)東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」(2021年6月)
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf
目 次
■経営リーダーの育成にはグループガバナンスの視点が必要
経済産業省は2017年3月に「企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成についてのガイドライン」を発表しました。
【PDF】経産省:企業価値向上に向けた経営リーダー人材の戦略的育成についてのガイドライン(2017年3月)
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20170331001-1.pdf
このガイドラインは旧一部上場企業へのアンケート調査などをベースに作られました。経営リーダー人材育成のための基本的なプロセスごとの作業ステップを、「ポストと要件定義」「人選」「育成計画と育成環境整備」「育成結果の評価」の4つのフェーズに分け、多くの具体的な事例とともに指針を示しています。
経営リーダー人材育成計画を担当する人事担当部門にとって、計画立案の参考書として使いやすくできています。また、このガイドラインにはいろいろな企業が遭遇した具体的な課題も整理されていますので、経営者にとっても便利です。
さらに、2019年6月には「グループ・ガバナンス・システムの在り方に関する実務指針(グループガイドライン)」が公開されました。
【PDF】経産省:グループ・ガバナンス・システムの在り方に関する実務指針(2019年6月)
https://www.meti.go.jp/press/2019/06/20190628003/20190628003_01.pdf
こちらは、事業ポートフォリオ改革を通してグループ全体のガバナンスを構築する取り組みについて説明したガイドラインです。
「5 子会社経営陣の指名・報酬の在り方」では、章を立てて、グループの主要な完全子会社の経営トップの人事と育成についても言及しています。その中でグループの主要な完全子会社の経営トップの指名や後継者計画、報酬に対しては、親会社の取締役会及び指名委員会・報酬委員会が関与することを求めています。
これは企業グループが、経営リーダー人材を育成するために重要なポイントです。
関与することで親会社の取締役会及び指名委員会・報酬委員会が子会社(そして事業部門)の事業戦略と業績とその経営トップの手腕に注意を払うようになるからです。
また、後継候補者を評価するこのような仕組みがあること自体が、事業ポートフォリオ管理を徹底させる手段となるし、経営トップ候補生に対しては後継者レースの透明性と正当性を与えるものとなります。
■育成計画で重要なのは「経験をデザインする」こと
「育成計画」という言葉は研修やセミナーなどに結びつきやすいものです。しかし、一般的に人間は仕事に必要なことの7割を経験から学ぶと言われています。残りの2割は上司や周囲からの助言、1割は研修などのトレーニングからです。
経営リーダーの育成計画では、候補者にどのように良い経験を積ませるかのデザインを大きな課題としてとらえなければいけません。
上記のグループガイドラインでもこの点を重視しており、本社の社長・CEO等の後継者計画の一環として、難易度の高い業務課題の割り当て「タフ・アサインメント」の対象に子会社の経営陣ポスト(特に社長・CEO)を積極活用することは有効である、としています。それは、難易度が高いほど優秀な候補者は育つからです。
■子会社での経営リーダー経験には本社では得られないものがある
子会社を経営する経験をして成果を出すと、本社ではできないことを習得できます。
・本体より規模の小さい子会社を任されることで、会社の財務の全体像を理解できるようになる
・会社のトップとして経営の裁量を与えられることで事業戦略の自由度が広がり、大胆な決断力と同時に、リスクに対して責任を取り、リーダーシップで組織を動かすことを学ぶ
・本社と子会社の役割・本社の問題点などを新しい目線で見ることができるようになる
このようにして経営者としての素養を身につけて本体のトップとしての準備ができます。
海外のオペレーションをする経験ができれば、子会社経営の経験の効果に加えて、さらに習得できることがあります。
・企業がグローバルであるとはどのようなことかを学ぶ
・海外の顧客・現地経営陣・取引業者・従業員・競合企業などを理解することで、本社のあり方を世界の中で相対的に見ることができるようになる
バブル崩壊以降の低成長の時代に社長に就任して大きな成果を出した社長を調べてみると、国内外の子会社のトップを経験した人たちが多く見られるのも、このような多様な経験が大きな改革の支えになっているものと思われます。
また、日本の商社は有望な事業に資本を入れる「事業投資」から、「経営人材」を投資先に送り込む「事業経営」に機能をシフトしてきたと言われています。たとえば三菱商事では、多くの社員が関係会社に出向しています。経営に参画して事業の成長に携わると同時に、経営人材育成の場として関係会社を活用しているのです。
■経営人材育成への投資は「経験の機会」のためのコスト
経営人材育成のためのコストも人的投資と考えられますが、これは設備投資や開発投資とは違って直接的に費用にはね返らない隠れたコストも多く含まれます。研修や留学、教育プログラムの費用などはコストとして計算できますが、チャレンジを経験させるコストは計算しにくい人的投資です。
経営者としての実力が未知数の幹部候補生に経験の場を与えることは経営人材育成として重要なものですが、チャレンジに失敗した時のコストは、実際にはチャレンジをさせた経営者が背負うリスクなのです(失敗コストは財務的には別の費目で表現されますが)。
言い換えれば、このリスクを負うことが企業としての重要な人的投資であり、その成果は経営力として社内に蓄積されます。
それだけに、この人的投資に対しては経営者自体が適切な対話と助言の形で参画すべきです。
コーポレートガバナンス・コードが改版されてから1年半が経過しています。次回は、その間の動向について考察します。
当社は大手上場企業の役員を経験し、子会社の経営経験があり、M&Aの実績もある人材を多く揃えております。また、ビジネスモデルの創造や、人事やITなどの高度なマネジメントのプロフェッショナルも多く揃えております。
第2第3の成長を目指す企業で、経営人材の育成や、事業ポートフォリオ管理の導入を検討されている方はぜひ、まず当社の無料の相談の場をご活用ください。Zoomなどのオンラインでのご相談にも対応しております。
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浅井 裕(あさい ゆたか)
コンサルタント(経営戦略策定と実行支援、経営管理の企画と実行支援)
私は、上場企業役員及び子会社2社の社長を務めた後、国立大学法人の監事として働きました。その間組織のガバナンスのあり方を考え、今はBIPの中で「社外取締役・コーポレートガバナンス」研究開発部会を主査しております。このミニ講座では「攻めのガバナンス」を話題の中心に据え、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指し、コーポレートガバナンス・グループガバナンスについての情報を発信していきます。
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