2022/05/18 企業グループと事業ポートフォリオのマネジメント(3)~事業評価の6つの仕組み
前回まで、企業グループが停滞を乗り越えて持続的に成長していくためには「事業ポートフォリオのマネジメント」を継続的に実施することが重要であるとお伝えしてきました。そして、事業評価の軸足を<規模偏重>から<利益と投資効率の組み合わせ>に転換することが必要であることを示しました。
今回は「企業グループと事業ポートフォリオのマネジメント」の3回目として、事業評価の具体的な仕組みについてお話しします。
目 次
■事業ポートフォリオマネジメントの実効性に必要な6つの仕組み
2019年に経済産業省が作成した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(グループガイドライン)では、事業ポートフォリオマネジメントが実効性を発揮するためには次のような仕組みが必要であるとしています。
◆ 検討の主体 | 事業ポートフォリオを継続的に検討する体制を作る |
◆ 判断の規準 | 事業の育成・撤退、買収・売却などの判断基準と、事業の評価基準を作る |
◆ プロセスの確立 | 事業の撤退・売却を実行するための具体的なプロセスを定める |
◆ 基盤整備 | 評価・判断・実行に必要なデータの整備と、データ分析のためのインフラを作る |
◆ モニタリング | 上記の事業ポートフォリオマネジメントが適切に運用されていることを常に検証し評価する仕組みを作る |
◆ 新規事業開拓 | 新規事業の開拓にもプロセスと規則を作る |
■検討の主体 ~事業ポートフォリオを継続的に検討する体制を作る
企業グループの中の事業ポートフォリオマネジメントは、本社の重要な役割のひとつです。各事業をいろいろな観点から評価し、その評価結果を基にそれぞれの事業の強化育成や撤退、買収や売却、新規開拓などの方針を決定し、その方針に沿って経営資源を配分します。
このように事業ポートフォリオの検討は経営の骨幹をなすものであり、先送りにならないように検討の主体とスケジュールを明示的に定義しておくべきです。たとえば、「経営陣幹部が参加する場で奇数月に議論し、意思決定機関である取締役会で最終的に方針を決める」などのように定めておきます。
このとき社外取締役は前向きな議論を促す役割を果たすため、事業評価と判断の軸がぶれたり、身内に甘くなったり、集団思考に陥ることが無いように議論の場でけん制すべきです。
また、企業の事業ポートフォリオ戦略は株主などステークホルダーの重要な関心事項でもあるので、彼らとの意見交換にも取締役会として積極的に取り組むべきです。
■判断の規準 ~判断と評価の基準を作る
グループ全体の事業ポートフォリオは、事業環境の変化を先取りして組み換えるべきで、社内のシナジーや持続的な収益性確保の観点から定期的に見直すことが必要です。
しかし、事業の撤退・売却、買収や、新事業立上げなどの新規投資には、社内の抵抗も予想されます。また、事業体等(グループ内の事業体やグループ企業)から特定事業への集中的投資の要望などは本社への強い圧力となります。
このため、事業の撤退・売却や買収・新規投資などの基準を企業が設定しておいて、平時から社内に周知しておくことが経営陣にとっても事業体等にとっても役に立ちます。
また、事業評価の結果は事業組み換えや資源配分の基礎となるものですから、事業体等もその評価結果に神経質になりますし、評価基準そのものにも神経質になります。事業評価の基準そのものを本社と事業体等の間でしっかりと擦り合わせしておくことが必要です。
■プロセスの確立 ~現場レベルの具体的な作業プロセスを定める
事業ポートフォリオの検討を通して、コスト低減や収益拡大や事業の成長のために、事業の撤退・売却や買収などの方針が決まったとしても、現場レベルの具体的な作業プロセスが確立できていなければ、目指した目標を達成することはできません。
また、グループ内に具体的な作業プロセスが確立できていないと、撤退・売却、買収などの方針を決める段階で成功のハードルを高く感じてしまって誤った判断を下しかねません。
このため、案件の検討から実行や事後対処の段階までのプロセスを確立するとともに、社内の具体事例などをノウハウとして蓄積していくべきです。
■基盤整備 ~データの整備と、データ分析のためのインフラを作る
事業ポートフォリオの組み換えや戦略的な事業投資の判断には、客観的な評価指標に基づいた事業評価の仕組みが必要です。
評価指標の中には、事業体等の単位では整備があまり進んでいない企業もあるかもしれません。たとえばROICの計算に必要となる資産や負債・資本に関する指標などです。企業グループの中で一元的なITシステムを構築するとともに、これらの指標を含めて事業ポートフォリオの検討に必要なデータを整備しなおすことも事業ポートフォリオマネジメントの基盤として必要です。
そして、ITシステムやデータの整備と並行して、事業評価の仕組みを企業グループ内で啓蒙・普及させ、データの読解力を高めることも基盤整備の一環として取り組むべきでしょう。
■モニタリング ~事業ポートフォリオマネジメントの運用を常に評価する仕組みを作る
事業ポートフォリオのマネジメントは、現場の日常業務からは一歩距離を置いて中長期的な視点で自社を客観的に見つめる作業となります。このため、意志を持って取り組まないと目の前の日常の思考方法に流されてなおざりになってしまう可能性があります。
そのような事態を避けるために、上に述べたような評価と判断の仕組みが適切に運用されていることを定期的にレビュー(モニタリング)することが必要です。
そして、このモニタリングと適切な情報開示は取締役会の重要な役割のひとつです。
■新規事業開拓 ~新規事業の開拓にもプロセスと規則を作る
事業ポートフォリオの改革の中で、イノベーションへの取り組みや新規事業の開拓が重要な役割を果たします。
新規事業の開拓や、新規性の高い商品・技術の開発では、管理の体制・手法・プロセス・判断基準などは既存事業とは独立に定義しておくべきだと言われています。
■企業グループの歴史から停滞期を見極め、事業ポートフォリオマネジメントの入口へ!
日本の企業の寿命は、測り方にもよりますが30年前後であり、上場企業ではその平均寿命は90年程度であると言われています。これは欧米の企業よりかなり長いものです。
見方を変えると、多くの日本企業は事業ポートフォリオの改革を幾度となく経験しているとともに、長い停滞期間を生きてきた可能性があります。
日本企業が停滞の30年と言われる昨今、あなたの企業グループの創業からの歴史、特にバブル崩壊からの30年を振り返って、その間の業績の推移と事業ポートフォリオの推移を整理して、企業グループとして停滞期に入っていないかどうかを見極めることが、事業ポートフォリオマネジメントの入口になると思います。
その上で、事業ポートフォリオマネジメントの体制を立ち上げて改革に取り組んではいかがでしょうか?
次回は、企業や企業グループの事業ポートフォリオ改革を推し進める鍵となる人的資本について考察します。事業の変革をやり遂げ、成長を支えるのは究極的にはヒトの力であり、企業は自社の人的資本の総量を計り、人的資本の蓄積と強化する施策を考えなければなりません。
以上
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浅井 裕(あさい ゆたか)
コンサルタント(経営戦略策定と実行支援、経営管理の企画と実行支援)
私は、上場企業役員及び子会社2社の社長を務めた後、国立大学法人の監事として働きました。その間組織のガバナンスのあり方を考え、今はBIPの中で「社外取締役・コーポレートガバナンス」研究開発部会を主査しております。このミニ講座では「攻めのガバナンス」を話題の中心に据え、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指し、コーポレートガバナンス・グループガバナンスについての情報を発信していきます。
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