佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2012/09/03 佐々木流BI経営進化論 第13回 社長と人事担当者が「人事の役割」を考える好著『戦略人事のビジョン』
ここ1~2年、「人事の役割」と「組織開発」を相談される機会が増えました。日本企業が本格的に事業や組織の再編、未来への発展を切実に希求するようになって、必然的に人事の重要性に改めて気づいたのだと思います。
「人事の役割」を考える上で大変役立つ好著が先般出版されました。NKKやGEという日米の大企業の人事部門を歩んで来た「人事のプロ」八木洋介氏と、アカデミックな組織行動研究の第1人者である金井壽宏神戸大学教授の共著『戦略人事のビジョン - 制度で縛るな、ストーリーで語れ』。
「人事の役割」を経営という観点で書かれた1冊。社長や人事担当は常備すべき希有な著作と思います。
(1)米国グローバル企業GE人事の特徴
まず、共著者略歴と目次より本書の概観をお知らせします。【本書著者の略歴】
八木洋介(やぎ ようすけ)
1955年京都府生まれ。2012年4月より住生活(LIXIL)グループ執行役副社長。京都大学卒業後、1980~1998年の間、NKKで人事など歴任。1999年~2012年の間、GE Medical Systems Asia,GE Money Asia,日本GEでHRリーダーなどを務める。
金井壽宏(かない としひろ)
1954年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科教授。MIT経営大学院博士課程修了。リーダーシップやキャリア、モチベーションなど、人の発達や心理的側面に注目し研究を行っている。著書に『仕事で「一皮むける」』、共著に『リーダーシップの旅』など多数。
【本書の目次】
第1章 人事は何のためにあるのか
第2章 組織の力を最大限に高める
第3章 改革の旗を振る
第4章 リーダーを育てる
第5章 「強くて良い会社」を人事がつくる
日本企業の皆様に意外感を感じて頂くために、敢えて本書の中から、八木氏が勤務した米国グローバル企業GE人事の一部を見てみたいと思います。
【GEの人事評価マトリクス】
図 GEの人事評価マトリクス(本書P73より引用)
人事評価には、企業の姿勢、重視する価値が強く現れます。私は2つのことに注目しました。評価軸と評価段階の幅です。
①評価軸は、バリューとパフォーマンスの2軸であり、尚かつその評価は等価なのです。
欧米企業のすべてが成果主義一本ヤリと誤解している社長や人事担当者からすれば目から鱗です。短期的パフォーマンスと同時に中長期的にパフォーマンスに繋がるバリューとは何かをとことん突き詰めて考えている。当然ですがなかなか出来ない凄いことですね。
しかも、そのバリューの探究の仕方も徹底しています。成績の良いリーダー150名の資質を分析し、お客様の意見を伺い、社内で議論して決めたそうです。現在のGEグロースバリューは5項目です。
●外部志向(external focus) ~顧客・市場・競合見て意志決定すること
●明確でわかりやすい思考 (clear thinking)~アクションにつながるように戦略的に考えること
●想像力 (imagination) ~新たなものを生み出していく力
●包容力(inclusiveness) ~世界に目を向けて自らを問い直す謙虚さ
●専門性(expertise) ~深い洞察で物事を瞬時に判断できる高度な専門性
②評価段階は、3段階と意外かもしれませんが大括りですね。
人事評価とは細かな基準や測定項目での評価が妥当かという問題と、細かく段階を区分して正確な評価が有効性あるほどに可能かという問題について正直に中間回答を出しているような気がします。バラツキや公平性の問題も経営全体の文脈で考えているようです。
【目標設定の困難度とモチベーション】
パフォーマンス評価の前提として、目標設定の問題があります。金井壽宏教授は、目標設定の困難度と報酬、モチベーションの関係の研究成果を紹介しています。
「ちなみに、目標の困難度についてつけ加えると、目標は、報酬と結びついている場合は、成功確率七~八割の困難度のとき、報酬と結びつかず、内発的動機に影響を与えようとする場合は、成功確率五割ぐらいの困難度のときに、本人のモティベーションを最も高める。(ゲイリー・レイサム『ワーク・モチベーション』金井壽宏監訳、依田卓巳訳、NTT出版、2009年)」(参考文献1)
だからこそ、GEの人事担当は日常のオペレーションの現場に入って、事業部門リーダーと切磋琢磨して組織開発と人材育成をやってベストを追求しているように見えます。
(2)結局、「人事のプロフェッショナルとは何か」
GE人事の一部紹介で本書について、かなり興味を持って頂いたと思います。私が本書に大変興味を持った背景には、私自身のビジネス体験もあるような気がします。私も、就職したコープさっぽろ勤務時代、20~30歳台の職業形成期に、教育MGR、TQCMGR、人事統括MGRと俗に言う人事担当と店長、バイヤー、広告MGR等のビジネス担当と両面を経験しました。その後転職したネットワンシステムズ(株)勤務の40~50歳台にも、総務人事部長、取締役管理本部長、IPO責任者というCHO・CFO的仕事と取締役事業本部長、M&A、子会社社長等究極の経営を経営陣の一員として体験しました。
「人事の役割」の重要性を、人事担当としても事業担当としても痛感し、BIP起業後も組織学会、生産性本部研究会等で一層深く研究し続けている分野の一つです。
結局、「人事のプロフェッショナルとは何か」。
【ウルリッチの人事部門の役割】
金井壽宏教授は、ミシガン大学のデイビッド・ウルリッチの研究を紹介し、日本企業の人事部門は以下の①と②があまりうまく実行できていないと指摘しています。
「人事部門の役割を①戦略やビジネスのパートナー②変革のエージェント③管理のエキスパート④従業員のチャンピオン――の四つに整理した。(『MBAの人材戦略』梅津祐良訳、日本能率協会マネジメントセンター、1997年)」(参考文献1)
【GEの人事プロフェショナルの役割と資質】
八木洋介氏は、「人事の役割」について、GEの人事トップだったジョン・リーチ氏が挙げた項目を以下紹介しています。
図 GEの人事プロフェショナルの役割(本書からBIP佐々木が編集 P208~P209)
そういう人事のプロになるための条件や求められる資質について八木氏はこう語っています。
「まずは情熱があることです。会社を「強くて、よい会社」にしていこうという熱い気持ち、ほかの人たちに任せるのではなく、自分がぜひともそれをやるのだという責任感と精神力をもたなくてはいけません。
ビジネスを知ることも大切です。ビジネスがわからない人事担当者は、いくら人事としての専門性をもっていても、事業部門から現場がわかっていないと見なされ、信頼されません。ですから、いつでもCEOが務まるような準備を怠らずに人事の仕事をやってほしいと思います。私自身は常にそうしてきました。
また、当然のことながら、人事は「人間についてのプロ」でなくてはなりません。社員のやる気を引き出すためには、人間に対する理解を深めていく必要があります。
そして人事は、人の心を揺り動かせなくてはいけません。そのためには、常に正しいことを言って正しい行動をとれるストイックさと、変革を恐れない勇気がいりますし、自らがリーダーとして成長していく必要もあります。」(参考文献1)
正確なデータは不詳ですが、最近、CHO(チーフ・ヒューマンリソース・オフィサー Chief Human resource Officer、Chief Human capital Officer、Chief Human Officer)を設置する米国企業が多い印象を私は持っています。しかも、CHOはCFOに匹敵するか、場合によってはCFOより重視している企業もあるようです。
日本の大企業にはかなり昔からその役割はありました。人事担当取締役や人事本部長等です。GEと同じ役割を果たしているかどうかは色々ですが、日本企業には伝統的にCHOの組織的基盤はあり、その改善、改革継続が大事だと痛感した次第です。
本書は、「人事の役割」の他に、人のやる気の引き出し方、組織開発の手法、リーダーの育成法など問題提起満載です。是非本書を読んで一緒に考えてほしいと思います。
以上
(参考文献)
1.八木洋介、金井壽宏『戦略人事のビジョン - 制度で縛るな、ストーリーで語れ』
(光文社新書 2012年5月初版第1刷 定価 本体760円+税)
≪BIP ブックモール≫
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佐々木 昭美(ささき あきよし)
取締役会長 総合研究所所長
経営コンサルタント(経営改善、事業開発、ビジネスモデル、 人事戦略、IPO、M&A、社外取締役)
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