佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2011/06/13 国難だからこそ「言葉の力」を
東北沖大地震が発生して3ケ月の6月11日、6月10日発売されたばかりの猪瀬直樹『言葉の力――「作家の視点で」で国をつくる』を読みました。タイトルに引き寄せられて読んでいたら、「言葉の技術」の持つ大変深い内容に驚き、皆様に紹介したいと思いました。
“国難だからこそ「言葉の力」を”は、猪瀬氏のキーメッセージと思われます。「言葉の技術」の歴史的・世界的状況を解明し、日本での実践成果も提供しています。
何よりも、貞観地震以来といわれる千年に一度の震災による国難に対して向き合う言葉の構築を問うています。
3月11日、“帰宅難民”となった私が唯一通信できていたツイッターで猪瀬直樹氏(作家、東京都副知事)と出会ったことが興味を増幅したことももちろんあります。(詳細は>>BIエッセイ 2011/03/22号 故郷宮城を思い、ツイッターで昼夜災害救援情報を発信!―「キュレーションの時代」を実体験した1週間―)
(1)3月11日、ツイッターの奇跡的な情報リレーで故郷宮城県気仙沼の避難者を救援
3月11日夜、青山学院大学体育館のパイプイスに腰掛けて、ツイッターを開くとただごとでない情報がどんどん発信されてきました。故郷宮城県からの助けを求めるツイート、リツイートです。
猪瀬氏もその一場面をこの本の中で伝えています。
「2011年3月11日。あの震災深夜、僕の緊張はふたたび高まっていた。ツイッターにつぎのような書き込みを見つけたのは夜12時過ぎだった。
@shuu0420@inosenaoki 障害児童施設の園長である私の母が、その子供たちと10数人と一緒に、
避難先の宮城県気仙沼市中央公民館の3階にまだ取り残されています。子供達だけでも助けて
テレビの映像に映し出された気仙沼は燃えていた。・・・・・
この救出劇は後日、NHKで「リポート・命を救った情報ライフライン」と題して報じられた(「ニュースウォッチ9」2011年4月15日放送)。・・・
こうした一連の危機対応の中で、ソーシャルメディアの威力は非常時にこそ発揮されると実感した。ツイッターの書き込みのなかには不安を煽るものや、信頼しにくい情報やデマも少なくない。僕が気仙沼の書き込みを虚偽ではないと判断したのは、ファクト(事実)がディテール(細部の描写)に盛り込まれていたからだ。」
猪瀬氏は、エリック・スコフィールドの見解を咀嚼しながら、ツイッターの本質論にも迫っています。
「ツイッター自体は発信源になっているとはいえない。得意なのは、情報を一気に拡げることである。ツイッターが既存のメディアを駆逐するのではなく、むしろ補強し、増幅する特性に気づくことが重要ではないか。・・・・
ツイッターは過大評価するよりも、機能の本質をつかむべきだと考えたほうが正しい。つぎつぎと現れ、つぎつぎと消えていくタイムラインを見ながら僕は思わずつぶやいた。
「ツイッターよ、お前はただの現在にすぎない」
ツイッターをきっかけに言語技術を高めることが王道だと思う。」
私自身は、2月よりツイッターを初めて4ケ月の初心者。短い期間だが大震災という未曾有の危機体験がソーシャルメディアへの理解を深めてくれました。
(2)「言葉の技術」とは何か? その歴史的、世界的動向を教えてくれます。
・図 都庁職員にも見られる「活字離れ」
本書を書いたきっかけは、月に1冊も本を読んでいない都職員が12%もいたことにショックを受けたからだと率直に述べています。
その12%の都職員の内訳を年齢別調べてみると、20代は47%、30代は25%、40代は14%だった。20代が約半分を占めていた。さらに、新聞を1紙も購読していない都庁職員は全体の25%であり、4人に一人であった。同じく年齢層を調べると、20代が47%、30代は33%、40代は15%で、20代がやはり約半分だった。
20代の活字離れの深刻さが現れていますね。私も正直“都職員でさえこれほどひどいとは!”とビックリした次第です。若者がメール・ソーシャルメディア仲間の人間関係を過度に重視する一方、世界を視野にする者が減少するなど心理的鎖国状態と合わせて考えて、「言葉の力」を再生することが求められていると猪瀬氏が危機感を抱いた背景に頷いた。
【ドイツの絵画を使った国語教育】
三森ゆりか著『絵本で育てる情報分析力』のクリティカル・リーディングを用いた具体的な分析例が掲載されています。私は、美術館巡りが趣味で時々鑑賞エッセイを書いていますが、恥ずかしさで一瞬ページをめくる手が停まってしまいました。言葉の技術についての国際的内容の事例である。
「「絵画を見たときに、「とても素晴らしい」とか、「いい絵だ」とか、形容詞は極力使わないほうがいい。「うれしい」「可愛そう」「悲しい」など形容詞は、何も言っていないと同じことなのだ。「どんな「色が使われているのか」「描かれた人物は何をしているのか」「何時ごろなのか」をいうファクトを並べていく。」と猪瀬氏が分かり易く説明していることが、絵画による言語教育なのです。
三森さんから、ドイツの国語教育事情を聞いた猪瀬氏は、こう要約しています。海外の経営者や専門家とタフな交渉や激しい議論を体験している方はその水準と必要性を実感していることでしょう。
「スポーツと同じように技術はトレーニングである。説明・描写の技術、報告の技術、議事録の記述技術、要約の技術、絵やテキストの分析と解釈・批判の技術、論文の技術、議論の技術、ディベートの技術、プレゼンテーションの技術と多くの時間が割かれている。日本の国語とは時間数も密度も較べものにならない。」
【フィンランドのPISA総合読解力トップ】
別の世界的事例を紹介しています。PISA(国際的学習到達度評価)とは、OECDの15歳児を対象とした「言語技術力」をはかるテストなそうです。フィンランドはつねに上位を占めるが日本は弱い。なぜなのだろうか。PISAはTOEICと同じようにグローバルスタンダードになるといわれている状況であるのに。
フィンランド大使館に勤務した北川達夫さん(日本教育大学院大学客員教授)の都庁での講演にヒントを得たようです。グローバルな言語技術の視点と同時に、日本人の伝統的言語技術である俳句・短歌の大切さも忘れない。
「もともと、フィンランド人は北国の寡黙な民族だった。それが欧州連合(EU)に加盟した1995年、ヨーロッパの新聞に「フィンランド人はEUで何も発言しない」とバカにされた。コミュニケーションして、論理的に思考する力、すなわち読解力を身につけなければならないと、教育改革が行われた。教育改革の結果。フィンランド人は世界でも優秀な読解力、コミュニケーション力をもつようになった。・・・
PISAのような、ヨーロッパ型の言語技術を身につける教育をしながら、俳句や短歌のような日本語のリズムにもとづいた言語技術も学ぶ必要があるのだ。両方をきちんと身につけると、日本人は言葉の力で優位に立つことができると思う。」
(3)「言葉が国の命運を決める」実体験を知りました。――霞ヶ関文学、永田町文学を解体せよ
【官僚の文体と対決する】
弊社BIP事務所がある日本自転車会館には、国の「地方分権改革推進委員会」がありました。丹羽宇一郎委員長とエレベーターで顔を合わせたことがあり、その存在は知っていました。猪瀬氏は、7名の「地方分権改革推進委員会」での出来事を取り上げています。
出先機関の職員の削減数について第2次勧告に、約3万5000人削減の明記に成功したがが、官僚が反撃してきた。委員会で決めた文章の文書ファイルに反映する作業のどさくさに紛れて以下の文書を巧妙に挿入したという。「以上を踏まえ、政府に対して具体的な措置を求める事項は、5及び6のとおりである。」数値目標を含む項目の第4節は対象外。「具体的な措置」とするものは「5節及び6節」と、事務局の誰かが勝手に書き入れていたのだという。
その2行に気づいて、もう一回委員会を開催してもらい、勧告分の別紙に「第4節までを第5節及び第6節と切り分けることなく、一体と踏まえた上で、政府は今年度内に作成する工程表をはじめとして、具体化に向けた措置を進めていく必要がある」という一枚紙を貼り付け、修正作業を行った4人の官僚の名前をきちんと議事録に残し、お灸をすえた。永久に記録は残るからであると述べています。
同じオフィス棟で、国の命運を左右する激しい闘いが行われていたのを知りました。
【原発事故後も続く「霞ヶ関文学」】
原発事故後の検査機器に関する厚生省と都のやりとりも記載されていますが、省略します。
【メディアは、国民の知る権利の代弁者か?】
「霞ヶ関文学」が手強いなら、言葉を力とするメディアへの期待が一般的であるが、そのメディアは期待とは反対の実態にあることを強い調子で語っています。
「ところが日本のジャーナリズムは行政にからっきし弱い。記者クラブのせいです。「官官接待」ではなく「官報」接待が罷り通っています。はっきりいえば、記者クラブは行政機関の一室を便宜供与されていますが、家賃を払っていません。電話代もファクシミリ代も払っていないケースもめずらしくない。そのくせ排他的特権をもっていて、雑誌の記事を書くフリーランサーや外国人を入れてくれません。記者クラブにいるだけで行政の資料配付(プレスリリース)と資料説明(レクチャー)を優先的に受けられます。これでは政府の広報機関をいわれても仕方ありません。新聞紙面やテレビニュースに似たりよったりになるのは、発表ものに頼っているからです。
しかも日本では、新聞社とテレビ局が系列関係にあります。国有地を優先的に払い下げてもらい社屋を建てている新聞社、電波の割り当てを放送免許という形で分け与えられているテレビ局、行政機関のなかで内線電話でつながっている記者クラブのシステムを含めて、よく考えると日本の組織ジャーナリズムは、“広義の特殊法人”と考えてよいかもしれません。」
猪瀬氏は、新聞社やテレビ局は必ずしもわれわれの側の代弁者ではないとはっきりと断言しています。
厳しい指摘ですが、現実とすれば、我々国民はメディアリテラシーをきちんと身につけていく必要があります。事実(デファクト)を求め、価値判断はメディアに盲目的に依存しない姿勢が求められますね。
(4)「活字離れ」に抗し、東京都が「言語力向上研修」を始めたのを知りました。
東京都のトップリーダーたちは、プロジェクトを設置し、知行合一で即実践する所が素晴らしいですね。都のリーダーシップが全国の自治体はもちろん、企業にも大きな影響を与えると思い、実践状況を紹介します。
【2010年 都新規採用職員の言語力向上研修開始】
2010年8月、20代の言語力がもっとも必要な東京都職員から30名を選抜して東京都新規採用職員から言語力研修を実施した。研修で「型」を身につけた職員は、すぐに自由自在に使いこなし、都民に説明する際に応用することができたという。
【2010年 公立学校教員と部活指導教員の言語力向上研修開始】
若者の言語力低下は国際比較でも明らかであるが、子供たちの言語力を語る前に、まずは学校の先生の言語力を高めることが重要と考えた。2010年、公立学校教員46人と部活指導教員350人が言語力向上の研修をうけた。
【2011年 すべての新規採用職員の言語力研修実施】
2011年度はすべての新規採用職員(約1000名)を対象とした言語力研修を実施しているそうです。東京都の職員は首都公務員として、国に先んじた政策立案を求めています。
【2011年 小中学校50校、都立高校15校を言語力向上の指定校開始】
2011年度は、指導できる教員の育成と標準化、相互交流のためと思われる指定校制が実施されています。
【2011年 文字・活字文化推進機構の言語力検定2級に都職員受験】
財団法人文字・活字文化推進機構(会長 福原義春 資生堂名誉会長)の「言語力検定」にも注目している。「言語力検定」はPISAと同様の方法に基づいた国際基準に沿った言語力測定テストだそうです。PISAは子供の言語力を測定するものだが、「言語力検定」は小学校3~6年生レベルから社会人レベルまで幅広い。3級は高校生レベル、2級は大学生・社会人レベル、1級は社会の第一線で活躍できるスペシャリストという設定だそうです。
2級について、2011年1月に、都職員の希望者を対象に初めて実施した。東京都は今後、職員の昇進試験に言語力検定を新たに加えたいと述べています。危機感とリーダーの本気度が伝わってきますね。
【今後 都職員の新規採用試験に言語技術研修を必須科目めざす】
猪瀬氏は、今後は都職員の新規採用試験に言語技術研修を必須科目にするという。実践的なコミュニケーションにすぐ使える本物の実力を言語力研修を通して習得することによって、行政能力の向上を期待している。
関東という世界一の経済圏にあり、日本の首都という巨大な組織である東京都のリーダーが、“国難だからこそ「言葉に力」を”は単なるスローガンではなく、歴史的・世界的視野で国難に立ち向かう地道なステップを歩んでいることに共感を覚えた次第です。
以上
(参考文献)
1.猪瀬直樹『言葉の力――「作家の視点」で国を作る』(中公新書ラクレ 2011年6月10日)
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佐々木 昭美(ささき あきよし)
取締役会長 総合研究所所長
経営コンサルタント(経営改善、事業開発、ビジネスモデル、 人事戦略、IPO、M&A、社外取締役)
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