佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション

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2010/12/06 師走、人生に直結するマクロ経済を古典と数字から考える

-竹中平蔵『経済古典は役に立つ』、小宮一慶『日本経済が手にとるようにわかる本』-

いよいよ12月師走。今年は日本政治や日本外交の不甲斐なさに呆れた年でしたが、加えて、やはり最大の課題は日本経済の成長展望が未だに見えてこないことだと思います。2010年は名目GDPが中国に抜かれ、第3位に転落した年として記憶されるとはちょっと寂しいですね。

2008年リーマンショック後の日本経済、世界経済の激変は、私たちの人生がマクロ経済に大きな影響を受けていることを否応なく多くの方が体験し学んだと思います。ではどうすべきか、という経済政策の基本方向で依然として政治はもとより、学会でも、マスメデアでも、国民の中でも大きなズレが多いのではないでしょうか?今年は、自分自身のマクロ経済への見方を深めたいと思い、「政治経済を読むシリーズ」のBIエッセイを6回執筆しました。思った以上に多くの皆様よりアクセスがあり、多くの読者の方々がマクロ経済へ大きな関心を寄せていることを実感した次第です。

年の瀬に当たり、日本経済の解決策の基本方向を改めて考えようと思っていた矢先、経済理論と現実の数字から語ったわかりやすい好著が出版されました。竹中平蔵『経済古典は役に立つ』、小宮一慶『日本経済が手にとるようにわかる本』です。その他、多くの政治経済書があります。今年の年末年始は、マクロ経済をしっかり学び考えることは各自の「人生戦略」に資する大切な一つだと思いました。皆様は、いかがでしょうか?
参考資料

(1)竹中平蔵慶應大学教授、元経済財政政策担当大臣『経済古典は役に立つ』(光文社新書)
――アダム・スミス、ケインズ、シュムペーター、ハイエク、フリードマン、ブキャナン等経済古典200年の振り返りは、日本経済の問題解決に役立つ!――

竹中平蔵慶應大学教授が、著書『経済古典は役に立つ』の冒頭に、20世紀を代表する経済学者J・M・ケインズの言葉を引用して、経済に関わるもののあるべき基本姿勢を示しています。

「経済学でも立派な学術書が教育上は有用かもしれない。一世代に一冊くらいはそうした本も必要なのだろう。しかし、現実の経済が絶え間なく変化するものであり、現実から遊離した経済理論が不毛である以上、経済学が進歩し役に立つ学問であり続けるために、新しい経済学を構築しようとする者が書くべきものは、浩瀚な学術書ではなくむしろ時論的なパンフレットなのである」(『いまこそ、ケインズとシュムペーターに学べ』ダイヤモンド社 2009年吉川洋訳)

経済古典といわれる名著は当初から古典だったわけではなく、書かれた当時は当然新刊であり、その当時の現実問題を解決するために書かれた。この点から、竹中教授は鋭い問題意識を発しています。

「このことは重要な点を示唆している。私たちが今直面している経済社会の問題を解決するうえで、経済古典と言われる文献がきっと多くの示唆を与えるに違いない、という点だ。この本はそうした点に立ち返って、一見難解な経済古典をわかりやすく読み解こうというものである。いわば、問題解決のスキルとしてスミス、ケインズ、シュムペーター・・(略)・・を議論することを目的としている。」(参考文献1:P4)

そして、アダム・スミス以来の200年にわたる経済議論の妥当性と限界点を要約しています。以下がその目次です。

第1章 アダム・スミスが見た「見えざる手」
第2章 マルサス、リカード、マルクスの悲観的世界観
第3章 ケインズが説いた「異論」
第4章 シュムペーターの「創造的破壊」
第5章 ハイエク、フリードマンが考えた「自由な経済」

そこから導き出されることを、竹中教授は著書の「おわりに」でこう述べています。

「経済運営の基本は、スミスの指摘のように、やはり市場の“見えざる手”を活用することである。これなくして、経済運営はありえない。同時に、ときにケインズの言うような大胆な政府介入が必要な場合がある。これをためらってはならない。そしてその背後で、つねにイノベーションが必要であり、企業も一国経済も「成功ゆえに失敗する」という教訓を忘れてはならない。まさにシュムペーターの指摘である。また、あくまで自由を基本に、政府が肥大化するリスクを避けるための絶えざる工夫が必要である。ハイエク、フリードマン、ブキャナンの警告である。」(参考文献1:P222)

元経済財政政策担当大臣として、まさしく日本政府の現実政策を担当した竹中教授には、今の日本政府と日本経済を経済古典からどう見えているのでしょうか。

「残念ながら、現下における日本の経済政策は、これらすべてを無視、ないしは軽視しているように見える。政府がやたらと市場に介入し、“見えざる手”を活用していない。それでいて、非常時の大胆な財政拡大・金融緩和に腰が引けている。そして、ポピュリズムが先行し、企業・産業を軽視して、結果的にイノベーションを軽視する結果を招いている。何より、政府の肥大化を止めるという決意と工夫がない。
複雑化し激変する今日の経済状況だからこそ、まさに「経済古典は役に立つ」のである。」(参考文献1:P222)

(2)経営コンサルタント小宮一慶氏の『日本経済が手にとるようにわかる本――「数字」を関連づけると世の中が見えてくる』(日経BPマーケティング)
――「貿易」「GDP」「財政」「貯蓄」「金融危機」「円高」の6大テーマで日本経済を「日本経済新聞」掲載の数字で読み解く!――

株式会社小宮コンサルタンツ代表取締役で経営コンサルタントの小宮一慶氏著書『日本経済が手にとるようにわかる本――「数字」を関連づけると世の中が見えてくる』(日経BPマーケティング)は、思った以上にすぐ読め、わかりやすい日本経済読本となっています。

数字で経済を見て判断するという原則から景気指標・経済理論の基本を使って日本経済を分析しています。日本経済新聞が掲載する経済指標を活用して読み解くところがいいですね。誰でも、廉価で経済の流れを知ることができます。

数字で経済を読み解く際のコツを4点述べています
① 数字の「定義」を正確に知ること。
② 主だった数字を覚えて、ほかの数字と比較するための「基準」をつくること。
③ 基準となる数字を「定点観測」すること。
④ 数字と数字を関連づけること。

本書は、「貿易」「GDP」「財政」「貯蓄」「金融危機」「円高」の6大テーマで日本経済を見ています。今回のエッセイでは、紙面の関係で2つの紹介に絞らせて頂きました。

【1.貿易編-日本経済を貿易収支から大解剖】
表1:日本の貿易額推移(単位 兆円) 2007~2009年度
参考資料

2007年度は約85兆円の輸出、約75兆円の輸入で約10兆円の貿易黒字でした。リーマンショック後、2008年度は約71兆円の輸出、約72兆円の輸入で1兆円弱の貿易赤字、2009年度は約59兆円の輸出、約54兆円の輸入となり、貿易黒字となりましたが貿易額が大幅に縮小しました。輸出額で26兆円も減少したのです。日本の需給ギャップは約30兆円あると言われますが、その多くの原因が輸出産業の減少、貿易収支自体の減少等で発生したことがわかります。日本経済は世界経済につながっているのがよくわかりますね。

日本の産業は、輸出産業の稼働率が大きく向上することによって、それに関連する素材、機械や人材派遣、更に工場を建設する鉄鋼、建設など内需産業に好影響が出る構造ですね。

子供手当や内需等で需給ギャップを埋めるとした民主党政府のマニュフェストは基本のところで間違っている可能性があることが数字を見ると誰でもわかる話ですね。30兆円の需給ギャップの多くを大きい政府にして埋めようとしたが支出削減は少なく、税収も減少し財政赤字が膨らみ、国債を増発し、それでも足りないので消費税を上げようということなのでしょうか。大きい政府は、結局官僚と公務員主導経済のような気がしてなりません。

戦後復興後最悪の失業率状況ですが、雇用対策と称して一時金で雇用を企業に求めても、産業や企業に冷たい政策では企業業績が向上しない中で雇用が増えないのは経済の常識です。企業に冷たい政策は結局企業の海外進出による日本での雇用減少や給与減少を一層進めることになります。

この間の貿易の数字を見ると、改めて資源のない日本経済の基本構造がよく見えてきますね。

【2.GDP編-「GDP」で読み解く日本経済の実力】(省略)
【3.財政編-「財政」が物語る日本経済のリスク】(省略)

【4.貯蓄編-「貯蓄」が映し出す日本経済の不安】

表2:主要国の家計貯蓄率の推移(%) 
参考資料
※「OECD Economic Outlook NO.87」より

多くの国民は、「日本は貯蓄率が高い」と思い込んでいる人が多いような気がしますが、現実には貯蓄率は低下の一途をたどり、2009年は2.3%と主要国の中では最低の水準です。リーマンショック後、米英は貯蓄率が上昇していますが、日本は低下傾向が続いているのです。皆様はどう認識していましたか?

「家計貯蓄率」は、内閣府の国民経済計算(SNA)の定義によると、次の通りです。
家計貯蓄率=家計貯蓄÷(家計可処分所得+年金基金年金準備金の変動(受け取り))
家計貯蓄=家計可処分所得+年金基金年金準備金の変動(受け取り)-家計最終消費支出

家計可処分所得=収入-税金-社会保険料ですから、家計可処分所得は、給与所得の方はほぼ給与手取り分で自由に使える金額といえます。

小宮経営コンサルタントは、日本の貯蓄率低下現象を次のように分析しています。

「主に2つの要因が考えられます。
1つは、日本経済はさほど成長していないため、企業業績の低迷などを通じて家計の収入が伸び悩んでいる一方で、少子高齢化の影響で社会保険料(年金、医療保険、介護保険)負担が増大していること。つまり、前出の計算式からわかるように、家計可処分所得が伸び悩んでいることが家計貯蓄率の低下を招いているわけです。とくに、厚生年金保険料や医療保険料、40歳以上の人は介護保険料などの社会保険料が毎年少しずつ上昇しています。
もう一つは高齢化の進展です。現在、全人口に占める65歳以上の高齢者の割合は23%強に達しています。日本人の4人に1人弱が65歳以上のというわけです。高齢者の中には、収入を年金だけに頼っている方も少なくありません。当然のことながら、そうした高齢者の家計可処分所得は「現役時代」より大幅に減少しているはずです。現役時代に蓄えた預貯金を取り崩して生活している方も少なくありません。」

日本の個人金融資産の減少は、日本の財政にも深刻な影響が生じかねない危険があります。主たる国債購入原資である預貯金が減少すれば、預貯金の多くを預かる金融機関の国債購入余力や民間企業のファイナンスにも影響せざるを得ないことでしょう。

【5.金融危機-日本は「リーマンショック」から立ち直れたのか】(省略)
【6.円高編-「政治無策が招いた円高が景気回復の足枷に】(省略)


以前にも、BIエッセイで紹介した文献を読んで強く感じたのは、マクロ経済への見方、考え方が政党、学者、マスメデイア等の多くの論調は意外と理論的に曖昧であったり、事実を軽視したり無視したりした内容が多いと感じていました。

今回、経済古典と数字の事実という両面からの日本経済を語った著書を読んで、私の懸念は独り合点ではなく、共有された問題意識であることに意を強くしました。竹中教授は、3つの潮流を指摘しています。
①「経済思想」に偏って議論する方々
②経済の“ハウツウもの”で経済政策を議論する方々
③先達のように突き詰めて考え抜いていない議論をする方々

竹中教授の指摘は同感ですが、民主主義社会ではそれらはどうすれば解決するのだろうか。経済現場の仕事で30数年、10数年の学会活動の経験から私は3つのことを考えてみました。皆様のご意見を伺い、意見交換できればと思っています。

第1に、何よりも経済に関わる政治家の「甘い言葉」の真偽・真意を確かめ、任せ放しにしないこと。私たち国民自身がマクロ経済政策への判断能力を高め、意見を述べ、適切な投票をすること。国民主権者の政治経済リテラシー向上である。

第2は、経済専門家と称する大学教官やエコノミストは当然ながら、ケインズのように現実解決策を語ること。更に、竹中教授のように現実の実務の世界にどんどん入り、学会と実務界の交流をすること。理論家の実務能力向上、実務家の理論能力向上である。もちろん、高校・大学の政治経済の教育内容のアセスメントをしっかりとする必要がある。

第3は、日本の新聞、テレビ等のマスメディアは、素人のアナウンサーコメントや素人のコメンターの発言ではなくて、米国マスメディアのように見解の相違する専門家を必ず両方登場させて議論するように改めること。報道と主張をはっきりと区別し、公正な議論のプラットフォームの場をつくること。当然、我々国民のメディアリテラシー向上も大切である。

以上

(参考文献)
1. 竹中平蔵『経済古典は役に立つ』(光文社新書 2010年11月20日第一刷発行)
2. 小宮一慶『日本経済が手にとるようにわかる本――「数字」を関連づけると世の中が見えてくる』(日経BPマーケティング 2010年11月22日第一刷発行)
3.佐々木昭美 BIエッセイ2010/02/08 日経2009年エコノミストが選ぶ経済図書第1位 猪木武徳『戦後世界経済史』を読んで
4.佐々木昭美 BIエッセイ2010/05/17 政治経済を読むシリーズ1「3Hから2H1Lへの転換」を説く長谷川慶太郎『メガ・グループの崩壊』
5.佐々木昭美 BIエッセイ2010/05/24 政治経済を読むシリーズ2 暴論に騙されないための経済入門書!辛坊治郎・辛坊正喜「日本経済の真実」
6.佐々木昭美 BIエッセイ2010/06/07 政治経済を読むシリーズ3:元経済財政担当大臣大田弘子『改革逆走』が明かす政策後退の真実と未来への提案
7.佐々木昭美 BIエッセイ2010/06/28 政治経済を読むシリーズ4~民主党ブレーン榊原英資氏と小泉内閣の経済財政大臣竹中平蔵氏の対談『絶対こうなる!日本経済』
8.佐々木昭美 BIエッセイ2010/08/23 政治経済を読むシリーズ5:日本デフレ不況の確信犯?日銀金融政策の実証分析!元内閣参事官 高橋洋一『日本経済のウソ』(上)
9.佐々木昭美 BIエッセイ2010/08/30 政治経済を読むシリーズ6:日本デフレ不況の確信犯?日銀金融政策の実証分析!元内閣参事官 高橋洋一『日本経済のウソ』(下)

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