佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2010/06/07 政治経済を読むシリーズ3:元経済財政担当大臣大田弘子『改革逆走』が明かす政策後退の真実と未来への提案
2006年9月から2008年8月まで2年間、安倍内閣と福田内閣で経済財政担当大臣であった現政策研究大学院大学副学長大田弘子氏の著作『改革逆行』が5月24日に発売され、早速読みました。政治経済を読むシリーズ3は、大田弘子『改革逆走』の読書メモです。歴史的政権交代で発足した鳩山内閣は、8ケ月の短命政権で終わると誰も予想しなかったに違いないと思います。民主党政権が掲げた政治経済政策は本当に良かったのだろうか?疑問、失望が増加しつつある中で菅連立内閣が明日8日正式に発足します。1ケ月後には参議院選挙が行われます。
「日本はどうなるのでしょうか?」と私もよく聞かれるようになりました。主役である私たち主権者が、投票権のない未来の世代の日本のことをもよく考えませんかと大田弘子氏は真摯に問いかけています。
『改革逆行』は、自民党政権と民主党連立政権の政策の本質を、経済財政改革の司令官として閣内での実際の体験から真実を明らかにしています。そして、明るい日本の未来への視点を提案しています。政策研究者が自ら政府の中枢での真実を冷静に記す政策研究者魂と赤裸々な権力闘争の現場を公に語る勇気に敬意を覚えました。
(1)大田弘子氏『改革逆行』は、最近の政治経済政策をめぐる真実の貴重な記録である。
目次を下記にやや詳細に記載しますが、その意味は、この著作は小泉内閣以降の安倍・福田・麻生自民党政権、鳩山民主党連立政権の経済財政をめぐる政策論争と権力闘争の生きた貴重な記録であると思うからです。価値観の違いから色メガネで排除しないで、歴史的真実の眼から現実の政治経済を知る好著だと感じた次第です。序章 逆走の始まり
第1章 経済財政諮問会議の存在感
1.経済財政諮問会議の役割と立ち位置 2.骨太方針2006の継承と脱却
3.自民党との関係 4.参院選挙後の苦境
5.経済財政諮問会議のつくり上げてきたもの
第2章 逆走する財政規律――バラマキ復活
1.財政緩みへの小さな芽 2.上げ潮派と増税派
3.骨太方針2007のとりまとめ 4.骨太方針2008のとりまとめ
5.ついにできなかった税制改革 6.羅針盤を失った財政再建
第3章 経済成長のために何が必要か
1.成長できる経済に 2.成長力底上げ戦略
3.立ち遅れたグローバル化への取り組み 4.最大の課題である生産性向上
5.波乱続きの労働ビッグバン 6.強みをのばすために
7.地域経済立て直し
第4章 再び「一流」に――現政権の課題
1.日本経済が目指すべき姿――開放的なプラットホーム
2.次世代に責任を持ち得る経済を 3.柔軟な自己変革を
(2)経済財政政策改革と政策プロセス改革の司令塔=経済財政諮問会議の意義と変化
第1章を中心に、小泉内閣で経済財政の司令塔となった「経済財政諮問会議の役割やポジションがどう変わっていったかを、内側にいた者の目で振り返る。」(参考文献1:P24)経済財政諮問会議が、既存業界、族議員、官僚の「鉄のトライアングル」中心の経済財政からの構造改革をトップダウンで推進する法的、政治的基盤となったことが良くわかります。同時に、経済財政諮問会議は、その会議の内容を国民やメディアに透明にした。すぐ詳細な記者会見をし、3日後には議事録を公開した。その経済財政諮問会議は、麻生内閣では変質し、鳩山民主党連立内閣は廃止した。
政権交代によって経済財政政策の変更は当然のことであるが、透明性までもどこに行ってしまったのかと著者は危惧をする。私も「事業仕分け」は部分的にその役割を持ったが、本題は避け、その後のプロセスは不透明である。歳出削減でマニフェストを実施するとした国民との約束は、結局国債増発で国民への借金の増加で終わったというのが私の実感である。
透明性の視点は、思っていた以上に非常に大事だと私も改めて思いました。中立を標榜しながら「第4の権力」であるメディアはきちんとした政策論争を嫌うように感じます。「言論の自由」を悪用し報道と称し自分に都合のよい言論を流す傾向、的はずれな視点で政治経済を語る素人キャスターを放任する姿勢、結果として国民に真実を伝え「万機公論」に委ねることをメディア自ら妨げていると感じている私にとっては特にそう感じた次第です。
民主党政権は、経済財政諮問会議を廃止し、国家戦略室をつくった。初代国家戦略室担当、その後財務担当菅大臣の透明な発信はほとんど耳に残っていない。その大臣が、新しい菅民主党・国民新党連立内閣総理となった。結局、民主党も「クリーン」は看板だけで、古い自民党と同じく透明性を嫌がる別の利権集団との密室での「党・政府一元化」とならないように監視すべきですね。
巨大な利権集団であり、国債を買う財布の郵政取り込みへと民営化からの逆走を急ぐ民主党・国民新党・社民党。「旧国鉄労使」を連想させる。野党時代には郵政民営化法案は200時間議論しても足りないと言ったが、与党になると民営化ストップ法案は6時間議論で強行採決する。政治はそのようなことかもしれないが、政党政治への不信の心配より大事なのは郵政票なのだと政治家の本音を教えてくれる。
「安倍政権の基盤を根底で揺るがしたのは、郵政造反議員の復党だったのではないだろうか。・・(略)・・郵政民営化を掲げ、反対議員を排除して戦った衆議院選挙で、国民の圧倒的支持を受けながら、なぜその反対議員の復党を認めるのか、私にはいまだに理解できない。」(参考文献1:P15)
同感である。小泉改革を継続仕切れなかった責任は自民党にその最大の責任があると思う。その結果、国民の支持を失ったのではないのか。そして、その後政権交代を実現した民主党は、郵政民営化の逆走まで国民が支持していると考えているのだろうか。
(3)「経済成長と財政再建」という日本経済の本質的課題から民主党・自民党両党の多くが逃げている
-次世代に責任を持ち得る経済を:開放的プラットホームでふたたび「一流」に-
「第2章では、財政をめぐって、小泉内閣のもとでつくられた歳出削減計画がその後、そのような反対を受け、廃止にいたったかをたどる。第3章では、安倍・福田内閣で策定してきた成長戦略の経緯と、何を目指していたのかをたどる。最後の第4章では、以上を踏まえて、いまの日本経済が何をなすべきか、現在の政権の課題を述べることとしたい。」(参考文献p24)もともと分配重視の古い自民党が、小泉内閣で「改革なくして成長なし」で経済再生の道筋を付けた。安倍・福田内閣は、小泉改革からの後退が一部始まったが、業界・族議員・官僚のトライアングルの抵抗に抗して何とか経済改革を推進してきたと述べている。その事実を詳細に明らかにしている。
麻生内閣、そして政権交代した鳩山内閣は、共に明確に反「小泉改革」をめざし分配を重点とする古い自民党と同じ経済政策に戻った。著者が述べるように「経済成長と財政再建」は正論であるが現実には反対の方向に逆走し始めたのはなぜなのだろうか。
この間をどう捉えるかは政策研究において本質的に重要な課題を提起しているが、国民の生活と安全に直結する課題である。私は、課題がまだ国民の前に十分に明らかにされていないのではないかと思う。その点で、大田氏がこの間の検証と共に今後への提案を掲げたことは賞賛されるべき姿勢だと思う。
「改革逆走」のキーワードの一つに「格差」があると大田氏も述べる。「格差」と「小泉構造改革」を結びつけた自民党・民主党・メデイアそれぞれ多数による大合唱が政治スローガンになった。「格差」は「小泉改革」によるものではなくむしろ改善されたと2008年OECD報告もされた。メディア自ら真実を語ることも一部始まったことをBIエッセイでも取り上げた。改革が悪いのではなく、不徹底なのではないのか。(BIエッセイ2010/05/24 政治経済を読むシリーズ2 暴論に騙されないための経済入門書!辛坊治郎・辛坊正喜「日本経済の真実」 詳細はこちら>>)
大田氏の提案の中で、「次世代に責任を持ち得る経済を」の論究は秀逸である。著書の図4-2を引用させて頂いたのでご覧願いたい。世代によって大きく異なる生涯の受益と負担が一目瞭然である。自分の子どもたちの未来を思うと慄然とする。世代間の格差である。
(参考文献1:P245より)
実は、大田氏は通常国会の経済演説で2回繰り返して述べた部分を紹介している。私は初めて知りました。「私たちの世代が子どもたちの世代の選択肢を狭めることがないよう、現世代が未来世代に過度に頼らない、世代自立の経済社会構造を形づくっていくことが大切だ」。(参考文献1:P245)
そうはいっても、投票権をもっている世代の給付切り下げも負担増加も人気がない。未来を支える世代は投票権がない。この政治的ジレンマに大田氏は自ら歳入歳出一体改革に苦労してきた経験から2点を指摘している。
「第1は、歳出削減と増税を明示的に組み合わせることだ。・・(略)・・鳩山内閣が策定した2010年度予算の最大の難点は歳出の膨張であり、子ども手当のような目玉政策についても、将来の財源の目途が立たないままに実行された。この状態から財政再建を進めていくのは容易でない。目標を立て、歳出削減が進まなければその分増税額が大きくなる、という組み合わせを明確につくる必要がある。」(参考文献P249)
「第2は、一度プログラムを決めたら、政権として必ず守っていくことだ。歳出・歳入一体改革は、自民党主導で策定されたにもかかわらず、自民党からも強い反対を受けた。・・(略)・・六月に策定されるはずの財政改革プログラムは、2011~2013年度の三年間をカバーするとされている。この期間内には団塊世代が65歳に達し、年金や医療費の本格的な受給世代に入る。高齢化が進むわが国にとって、もう後はない。」(参考文献1:
P250)
「経済成長と財政再建両立」を唱える大田氏の経済成長に関する部分は今回割愛したが、経済成長への大田氏の提案は「開放的プラットホーム」である。是非、本著をお読み願いたいと思います。
民主党には経済成長政策がないという当然すぎる批判に対して、菅新政権はどういう政策を打ち出すか注目したい。また、われわれ事業リーダーとして、国民として、来る参議院選挙では各党の経済政策に一層目をこらすべきというのが自民党小泉内閣から民主党鳩山内閣までの日本政治経済の重い教訓の一つであったように思った次第です。
以上
(参考文献)
1.大田弘子『改革逆走』(日本経済新聞出版社 2010年5月24日)
2.佐々木昭美 BIエッセイ2010/05/24 『政治経済を読むシリーズ2 暴論に騙されないための経済入門書!辛坊治郎・辛坊正喜「日本経済の真実」』
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