佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2010/03/08 印象派“光と色彩の画家”『ルノワール-伝統と革新』展。日本、世界の美術館収蔵作品が総結集。
忙しい日が続いていますがやっと少し時間がとれて、先週3月4日(金)夕方、赤坂弊社事務所に近い六本木国立新美術館で開催中の『ルノワール-伝統と革新』展(1/20~4/5、大阪国立国際美術館4/17~6/27)を鑑賞しました。思い出せば、設計した建築家黒川紀章ご夫妻が参加された新美術館披露パーティー参加以来の同美術館訪問となりました。その際に、国立新美術館は自ら作品は一切持たずにテーマ別に各作品をお借りして編集し展示する、新しいコンセプトの美術館であると知りました。
心待ちにしていた印象派“光と色彩の画家”『ルノワール-伝統と革新』展は、海外のボストン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、オルセー美術館、クラーク美術館等、また日本のポーラ美術館、大原美術館、石橋財団ブリヂストン美術館、損保ジャパン東郷青児美術館、国立西洋美術館など多くのコレクションから85点の作品が総結集しています。世界・日本各地にある作品をまとめて一度に見ることができるめったにない機会だと思います。
もうご存知のことと思いますが、「近くで」絵と絵の具のタッチ、配列、色合いを観てください。そして、「一歩下がって」一定の距離で絵を観て下さい。当時の前衛芸術“光と色彩の画家”の意味をリアルに感じられると思います。光学調査でルノワールの絵画技法の研究を発表した映像コーナーも人気でした。
(1)「近くで見る」、そして「一歩下がって見る」と“光と色彩の画家”ルノワールの絵がよく見えてくる?
画像左:『アンリオ夫人』1876年頃 、ワシントン・ナショナル・ギャラリー Gift of the Adele R. Levy Fund, Inc., ©The Board of Trustees, National Gallery of Art, Washington.
画像中央:『縫い物をする若い女』1879年、シカゴ美術館 Mr. and Mrs. Lewis Larned Coburn Memorial Collection, 1933.452. Photography ©The Art Institute of Chicago.
画像右:『花瓶の花』1866年頃、ワシントン・ナショナル・ギャラリー Collection of Mr. and Mrs. Paul Mellon ©The Board of Trustees, National Gallery of Art, Washington.
(※広報用画像をお借りしています。写真の無断転載を禁じます)
【ルーベンス作「神々の会議」の模写】【団扇を持つ若い女】【アルジェリアの女】【泉】【薔薇(ばら)】
「ルノワール-伝統と革新」展示会は、4つのテーマゾーン「ルノワールへの旅」「身体表現」「花と装飾画」「ファッションとロココの伝統」で構成されています。85点の展示作品の中で、私が気になった5作品をご紹介します。
【ルーベンス作「神々の会議」の模写】
この作品は、ルノワールが磁器絵付け職人から画家への転機となる頃の絵である。模写ながら技量の高さに驚く。
ルノワールは、1841年2月25日にフランス中西部の町リモージュで生まれた。13歳で磁器絵付け職人となり、皿や深鉢や壺に18世紀ロココ時代画家の図柄を描いた。20歳で画家への勉強を始める。22歳には、パリ国立美術学校に入学し、本格的に画家を目指し始めた。
「1860年1月、ルノワールはルーブル美術館で模写する許可証を発行してもらった。美術館では17世紀バロックを代表する画家ピーテル・パウル・ルーベンスや18世紀フランス・ロココの画家ジャン・オノレ・フラゴナールなどの模写に励んだ。この時期に制作された模写では、軽やかな筆づかいでルーベンスの<<神々の会議>>を適切に写し取っている。」(参考文献2:P20)
【団扇を持つ若い女】
画像:『団扇を持つ若い女』1879-80年頃、クラーク美術館 ©Sterling and Francine Clark Art Institute, Williamstown, Massachusetts, USA(※広報用画像をお借りしています。写真の無断転載を禁じます)
カタログ表紙の絵。日本の団扇を持つ美人をじっと観た。近づいて絵の具の発する光と色彩の輝きに驚く。一歩二歩下がって観ると、落ち着いて柔らかな色彩の調和された絵になぜか心が和む。
「団扇を手に握り、当時流行の英国風タータンチェックの旅行着を着て、花飾りのある帽子を被り、愛らしい顔をこちらに向けながら椅子に腰掛けている女性は、コメディ=フランセーズの人気女優であったジャンヌ・サマリーである。」(参考文献1:P42)
1878年のパリ万国博覧会の開催によって、日本趣味(ジャポニズム)への熱狂が頂点に達していた時期で、女優ジャンヌ・サマリーの楽屋も、天井には団扇や扇子が飾られ、ちょうちんがぶら下がっていたという。西洋美人女優と日本の団扇は意外と似合いますね。
【アルジェリアの女】
強い赤の色が目立つ華麗な少女の肖像画。オリンエンタリズムの作品があったのかという意外感も手伝って足を止めた作品の一つである。
「オリエント風の装束と装身具を身につけて、絨毯の上の長椅子に腰掛ける少女が鮮やかな色彩で描かれている。とくに背景の青と人物の朱色と緑の服の対比は鮮明で、また右手の指に輝く指輪までもが、さまざまな東方の風俗を連想させるモチーフとなり、色彩を語るための要素であるかのようだ。」(参考文献1:P46)
アルジェリア旅行での鮮烈な色彩への影響でしょうか?ルノワールの東方への憧憬は、最晩年も衰えなかったといわれています。人生体験の偶然性がもたらす多様性に心暖まるものを感じました。
【泉】
ルノワールのモチーフである裸婦の作品ゾーンの中で、ひときわ生命感を感じた作品の一つです。
「豊満な肉体をもった若い女性の、その裸体が画面の面積のほぼ半分を占める本作品には、人間の漲る生命力が、湧き出る泉というかたちに象徴化され表現されている。右手で髪をかき上げながら、左手にもった布を水に濡らしている動きのあるポーズは、この女性が入浴の最中であることを示している。」(参考文献1:P114)
【薔薇(ばら)】
静物画であるが、画面一杯に広がる華やかな薔薇の花が圧倒的である。ルノワールは実はたくさんの花を描いていたことを初めて知った。薔薇は、とりわけ晩年のルノワールが愛したテーマであったという。
「摘み取られたばかりの芳香が漂わせるような瑞々しく大輪をつけた薔薇が、画面を満たさんばかりに広がっている。・・(略)・・本作は1900年以降の作品に特徴的な、あたたかみのある色彩にたっぷりとした大胆なタッチでまとめられた画で、この頃描かれた裸婦像や女性像にしばしばみられる、ことさらに血色の豊かで黄金色に輝くような肌の色味や質感の表現に通じるものがある。」(参考文献1:P166)
(2)何故、当初惨憺たる評価だった印象派が、その後最も世界的に大人気で、巨万の富の象徴となったのか?
画像左:『34歳頃のルノワールの肖像』©akg/PPS通信社(写真の無断転載を禁じます)
展示鑑賞後、国立新美術館に直結した地下鉄駅から電車に乗り込み帰宅する途中、ふっとルノワール関連の本を読みたくなり、JR東京駅前OAZOビル内の書店に立ち寄りました。『ルノワール』タイトルの2冊に加えて、隣にあった『印象派の挑戦』『印象派はこうして世界を征服した』という表題の本に興味を抱きました。
絵を見て楽しむ。そして、絵の本を読んでまた楽しむ私のクセが出てしまいました。絵を買って飾って見る楽しみもあるが、ルノワールは・・・?
当初激しい反発を巻き起こしたとされる印象派が、何故今やもっとも親しみやすく、もっとも巨万の富の象徴となったのか、まさにその秘密にもちょっと触れてみたくなりました。
<後衛の美術アカデミーと前衛の印象派グループ展>
当時、芸術家が作品を発表する場は、保守的なアカデミーが主導する年1回開催される公募展と、サロン(官展)に限られていた。当時の前衛芸術であった印象派は、1874年から8回のグループ展を独自に開催して作品発表する場を設け、直接理解者を増やす闘いをし続けた。ルノワールは両方に出品した。
実践女子大学教授、山梨県立美術館館長、その後石橋財団ブリヂストン美術館館長の島田紀夫著『印象派の挑戦 モネ、ルノワール、ドガたちの友情と闘い』は、その歴史と意義を詳細に研究して、印象派の貢献をこう述べています。
「美術史上の印象派の功績は、作品制作によって写実主義を完成させたことばかりではない。その作品を世に問う方法においてもその後の美術運動に大きな影響を与えた。」(参考文献4:P6)
<なぜ富裕層は印象派絵画を所有するのか>
サザビーズとクリスティ―ズという二大オークション会社の競売人(オークショニア)であったフィリップ・フックが語る美術史舞台裏は、意外にもトリック等ではない地道な普及活動の歴史であった。もちろん、富裕層の広がりによる美術資産市場の発展があるのは当然であるが。
何よりも、印象派の絵画そのものの魅力であると彼は断言する。すばらしい文章なので長くなりますが紹介します。
「今日、印象派絵画は、これまでとは違ったかたちで心に訴えてくる。印象派の画家たちには、すでに歴史的な意味が付加されているのだ。印象派絵画を魅力的と感ずるのは、さまざまな理由による。その色彩の明るさや、主題の晴朗な魅力、印象派の画家たちが記録した時代そのものの魅惑、画家の真筆であることの確かさ、絵画様式としてのわかりわかりやすさ、そしてモダンアートの先駆けとして、また自身の生きていたには理解されなかった時代には不遇な画家として、彼らを長く彩ってきたロマンンス。永続する印象派の神話の神話に人々が満足するのは、何よりもそれが、人間は進歩しているのだという安心感と、そして過去と照らし合わせて自己満足を感じる機会を与えてくれるからかもしれない。・・(略)・・印象派絵画はただ持ち主の富を証明するためのものでも、またただ目を誘惑するためでもない。それは、観る人を心地よくさせ、自信をもたせてくれる絵画でもある。それこそが印象派絵画の連勝の秘訣なのだ。」(参考文献5:P272)
<購入が難しい私たちはどう観たらよいのか>
19~20世紀の美術愛好家は、自らの邸宅を飾るために印象派の作品を購入した。そして美術館にも広がった。購入は難しい現代にわれわれはどう観たらよいのか。山梨県立美術館学芸員の賀川恭子氏は著書『ルノワール』でこうアドバイスしています。
「「自分の家に飾るならどの作品がよいだろうか?」と想像しながら作品をみることは可能だ。気軽に美術作品に触れてもらい、美術作品を楽しんでもらえればと思う。さて、本書に収められたルノワールのどの作品を居間に飾ろうか?」(参考文献2:P205)
今回の展示会は、絵画の伝統と近代主義の革新の間で絶えず模索を続けたルノワールの姿を、多くの作品を通してじっくりとみることができます。
以上
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『ルノワール-伝統と革新』展
■東京展
【 会期 】 2010年1月20日(水)~4月5日(月)
【 会場 】 国立新美術館(東京都港区六本木)
【 主催 】 国立新美術館、読売新聞社、日本テレビ放送網
【 一般お問い合わせ 】 03-5777-8600(ハローダイヤル)
■大阪展
【 会期 】 2010年4月17日(土)~6月27日(日)
【 会場 】 国立国際美術館(大阪・中之島)
【 主催 】 国立国際美術館、読売新聞社、読売テレビ
【 一般お問い合わせ 】 06-6447-4680(国立国際美術館 代表)
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(参考文献)
1.国立国際美術館、国立新美術館、ポーラ美術館、読売新聞大阪本社文化事業部編集『ルノワール-伝統と革新』展カタログ(発行 読売新聞大阪本社 2010年)
2.賀川恭子『ルノワール』(角川文庫 2010年1月25日 初版)
3.島田紀夫『もっと知りたい ルノワール 生涯と作品』(東京美術 2009年12月20日 初版)
4.島田紀夫『印象派の挑戦 モネ、ルノワール、ドガたちの友情と闘い』(小学館 2009年11月29日 初版)
5.フィリップ・フック著、中山ゆかり訳『印象派はこうして世界を征服した』(理想社 2009年7月20日 初版)
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