佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション

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2009/11/02 文化の日:空海の生き方と渋沢栄一『論語と算盤』

 11月3日は文化の日。「賢者は歴史から学ぶ」と言われます。

 日本文化は今クールで、第2期ジャポニズム時代とも思われる程に世界へ広がりつつあるようです。第一期漢籍・仏教文化が流入した奈良・平安、第二期西欧文明を導入した明治、そして第三期太平洋戦争敗北後のアメリカ文化流入の昭和、三大衝撃を吸収して日本文化が形成されている。私には、日本文化は東西のユニバーサルな文様を刻印した独特のグローバルな民族文化のような気がします。

 『文藝春秋SPECIAL 季刊秋号~賢者は歴史から学ぶ』(参考文献1)は、1冊で千冊の読書にも値する素晴らしい企画だと思う。歴史上の人物から多彩な学び方ができる。埋もれた史実を知る。歴史を経て輝く名言に頷く。識者による好きな歴史小説・時代小説の紹介もあり楽しめます。1冊1000円と廉価。皆様もいかがですか?

 スペシャルエッセイ「私が学んだ日本史上の人物」企画に登場するお二人のすばらしいエッセイに強く触発され、関連書籍にも手が伸びた。取り上げた大人物は、第一期の高僧空海、第二期の実業家渋沢栄一である。

 ひろさちや(仏教思想家)「生き方の二つのタイプ――最澄と空海」
 鹿島 茂(フランス文学者・明治大学教授)「渋沢論語の警告に学ぶ」
参考書籍 参考書籍

(1) ひろさちや(仏教思想家) エッセイ「生き方の二つのタイプ――最澄と空海」(参考文献1:37ページ)

 1984年『空海入門』(参考文献2)を執筆した時、ひろさちや氏は空海の魅力は何かと何度も自問したという。だいぶ時間が経って、それは彼の「生き方」であると気づいたと強調しています。 

 もちろん、空海は密教を伝えた高僧という理解が一般的である中で、ひろさいちや氏には空海は日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ=「超人」だということは自明であった。

「空海が持ち帰ったのは密教の経典類であって、密教そのものは空海がつくったものである。幼稚で未熟な密教を、精緻で深遠な教理体系に完成させたのは空海である。空海は単なる運搬人ではなかった。仏典のことばであるサンスクリット語(梵語)を日本人で最初に学んだのも空海である。空海は万濃池の修築という、土木技術の才を発揮している。日本で最初の庶民の学校をつくったのも、空海であった。漢文を書かせれば、空海は唐の人々が舌を捲くような名文・美文をものした。書道においては、彼は平安の“三筆”の一人に数えられている。」(参考文献2:214ページ)

 最澄は比叡山に天台宗を開き、大乗仏教である。空海は高野山に真言宗を開き、密教である。同じ仏教と言いながら、キリスト教とイスラム教ほど違っていると言ってよいと仏教研究者のひろ氏が述べています。広い意味で仏教徒である私には、意外な程の違いの指摘に驚いた。

 最澄は努力型の秀才で「自己否定型」、空海は天才肌で「自己肯定型」と性格が異なる。
最澄は、今の自分の実力ではだめだ、もっと努力して、実力を高めねばならない考えるタイプで、時折り挫折し落ち込むこともある。空海は、自分が自分であっていいと思うタイプなので、あまりくよくよ悩まないタイプであるという。

 ひろ氏は、人物は空海が上であるが、他人の指導が不得手の欠点があるという。後世の日本仏教の宗派を開いた法然・親鸞・栄西・道元・日蓮は比叡山の出身者で、高野山出身者は少ないらしい。

 根は最澄タイプを自認するひろ氏が、その上で尚空海タイプの「自己肯定型」の生き方を思い続けてきたという。そのほうがもっと明るく陽気に生きられると思ったからである。

 私も典型的な最澄タイプで強靱な主体性と能力を持つべきだと思ってきました。同時に最近は空海タイプも半々になった。転職、独立、「アラ還」の中で、社会の中に“飛び込む”ことの効用の体験があり、汝の幾ばくかをも知りつつあることも大きいのかもしれない。

空海の人間精神は「超人」的に大きい。他者比較だけに偏らずに、自分最善=幸福との人生哲学があって良い。

(2)鹿島 茂(フランス文学者・明治大学教授) エッセイ「渋沢論語の警告に学ぶ」(参考文献1:47ページ)

 渋沢栄一翁は、明治維新後の実業界を指導した大人物です。私は今さいたま市に住んでいますが、渋沢翁は同じ埼玉県深谷市の出身です。2年前の文化の日頃、BIエッセイで『文化の日~渋沢栄一翁映画とトークショーに参加しました』を書きました。(詳細はこちら>>

 フランス文学者の鹿島茂(かしましげる)氏が、未刊であるが渋沢栄一の伝記を執筆したという。そして、渋沢栄一翁の偉大さを痛感したと述べている。

 そう述べると、誤解される心配も出てきたという。渋沢栄一翁が『論語と算盤』で「道徳経済合一」説を唱えると、利潤追求においても道徳の必要性を強調したから偉いと受け取られるのは不正確である。渋沢が批判しているのは、野放図な利潤追求であって、利潤追求それ自体ではない。利潤追求はむしろ「人の性情」であって、なんら非難さるべきではない。

鹿島氏は、そのことをエッセイ「渋沢論語の警告に学ぶ」で次のように書いている。

「渋沢栄一から私が学んだのは、私利私欲の野放しの追求は戒むべきことだが、私利私欲それ自体を否定したのでは、社会が動かなくなってしまうという真実である。昨今、アメリカ型の新自由主義を批判するあまり、利潤追求そのものにも非難の矛先を向ける風潮が強くなってきているように感ずる。これは非常に憂慮すべき風潮だと思う。というのも、戦前、とりわけ昭和十年代も、日本は繰り返される不景気と好況の波にもてあそばれるうちに、資本の独占を図るとして財閥を非難することから始めて、経済的自由主義そのものを否定するに至り、ついには戦時統制経済の出現をみたからである。どんな厳しい経済状態においても「利は人の性情なり」と信念をもって言える渋沢栄一のような人がいる社会こそが正常な社会なのである。」(参考文献1:48ページ)

 渡部昇一氏によると、最近中国は孔子ブームなそうです。共産党政府は、世界中に孔子学校をつくりはじめました。孔子と儒教を否定して孔子像を破壊した共産党政府が、道徳荒廃の立て直しに『論語』を求めたのです。
 
『同時に共産党政府は「大国崛起(たいこくくっき)」とスローガンを掲げ、世界中から模範とすべき偉人をピックアップして並べました。その中に日本からただ一人挙げられたのが渋沢栄一だったのです。なぜ渋沢栄一が選ばれたのか。その理由は非常に簡単で、渋沢栄一が『論議と算盤』を書いているからです。・・(略)・・さて、書名となった「論議と算盤」という言葉は「経済と道徳」と同義です。ここまで見てきたように、この両者を並立させることが渋沢の商業にたいする根本精神だったのです。』(参考文献4:251~254ページ)

 渋沢翁の精神を都合よく一方に偏重する傾向に警句を発する鹿島氏の勇気ある文筆家精神に畏敬の念を覚えた次第です。童門冬二氏の伝記『渋沢栄一 人生意気に感ず』(参考文献3)に感銘した。鹿島茂氏の伝記が早期に出版されることを楽しみにしています。

(参考文献)
1.『文藝春秋SPECIAL 季刊秋号-賢者は歴史から学ぶ 古代~明治篇』
(文藝春秋 平成2009年10月1日 )
2.ひろさちや『空海入門』(中公文庫 1998年1月18日 初出1984年3月祥伝社刊)
3.童門冬二『渋沢栄一 人生意気に感ず』(PHP文庫 2004年6月18日 初出2000年2月祥伝社刊『論語とソロバン』を改題、加筆・修正)
4.渡部昇一『渋沢栄一『論語と算盤』が教える人生繁栄の道』(致知出版社 2009年3月31日)

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