佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2008/11/17 触れ染めし『源氏物語千世紀』
―文化の秋 美と人生を味わう(3)-
『源氏物語』が、私の周りから自然に寄り添ってきた。2008年は源氏物語の千世紀に当たる年である。11月1日は、紫式部日記により源氏物語執筆が確認された日として天皇皇后両陛下が出席され、記念行事が行われた。
横浜美術館が開催した今年東日本最大といわれる特別展『源氏物語の1000年―あこがれの王朝ロマン』を鑑賞する機会があった。
『源氏物語』とは何かを始めて深く知った。すごい本に出会った。新潮新書 島内景二さん著『源氏物語ものがたり』(新潮社 2008年10月)である。
定期愛読する小学館『和楽』は、創刊7周年記念10月号より、林真理子さん著、千住博さん画『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ) 源氏がたり』の新連載を始めた。繊細でしとやかながら、跳ねるような林さんの現代語訳表現が楽しい響きである。
そして1600万部のベストセラー講談社漫画文庫 大和和紀(やまとわき)さん『あさきゆみめし』(2001年8月)を今始めて読み出している。2009年1月よりTVアニメ化が決定した。
『源氏物語』の存在と文化的価値はもちろん知ってはいたが、離れた存在であった。ところが、その私も今『源氏物語千世紀』の魔法に引き込まれつつあるようだ。
(1)国宝『紫式部日記絵巻』と大衆化の原点『源氏物語絵巻』
―横浜美術館特別展 『源氏物語の1000年―あこがれの王朝ロマン』―横浜での仕事の合間に、横浜美術館に寄った。予想した通りとはいえ、圧倒的に女性で大盛況であった。源氏物語が、視覚芸術に与えた影響と広がりに圧倒された。
桃山時代の狩野孝信作と伝えられる『紫式部図』をながめ、時空を超えて作者紫式部と会う。
平安時代王朝貴人の文化教養を目で知ることができた。
「仏教思想に基づく王朝人の死生観にふれるとともに、和歌、漢詩、書の嗜みといった文芸の素養が大変重んじられていたことを知ることができます。」(図録43ページ)藤原道長自筆とされる『御堂関白日記』、紀貫之筆と伝えられる『高野切古今和歌集』、紫式部筆と伝えられる『久海切古今和歌集』、伝 藤原行成『倭漢抄』等。
当時の仏教への帰依、神社信仰や生活調度から、平安王朝の生活空間が偲ばれます。『賀茂御祖神社古神宝』、『金峯山出土品』、『金銅藤原道長経筒』、『紺紙金銀交書法華経』『色紙阿弥陀経』等。
源氏絵は、日本美術・装飾・工芸のメインモチーフである。
平安時代には、現存する最古の源氏絵『源氏物語絵巻』(国宝 徳川美術館、五島美術館蔵)。鎌倉・室町時代には、貴族の古典的教養の中心になり、土佐派を中心に多様なパターンが生まれたそうです。各種『源氏物語屏風』はご存じの方が多いと思います。
江戸時代になると、印刷技術の飛躍的発展と共に、写本から刊本に替わり、幅広い階層に広がった。雅俗両様のおびただしい数の源氏絵が描かれた。俵屋宗達、土佐光成、狩野氏信・養信・邦信、喜多川歌麿、歌川広重・国貞。浮世絵にも登場する。
先般のNHKBSは、黒木瞳さんがキャスターを務め、世界で新しい源氏絵が発見されつつあると伝えている。源氏物語は世界に感動を広げている。
(2)『源氏物語』を1000年にわたって“伝承・創造した男たち”への讃歌
―島内景二『源氏物語ものがたり』(新潮新書 2008年10月)―初心者の私にとっては、驚くことばかりである。
紫式部(むらさきしきぶ)という不詳な「才色兼備」の作者の物語は、平安王朝文化人が当初から筆写・伝承で味わった時代であり未だ原本がない。「二十一世紀の今日、市販されている源氏物語のテキストは、すべて定家の確定した青表紙本である。」(同書 42ページ)という。それなのに、何故千世紀にわたって多くの読者を惹きつけてきたのか?『源氏物語』の作品自体のミステリーから解き明かしている。
実は、多くの男性文化人が源氏物語を紡いできたのだと知り驚き、伝承と創造により1000年に亘り継続発展する源氏物語に興味を持ち始めた。8名の日本男性文化人、藤原定家(ふじわらのていか)、四辻善成(よつつじよしなり)、 一条兼良(いちじょうかねよし)、宗祇(そうぎ)、三条西実隆(さんじょうにしさねたか)、細川幽斎(ほそかわゆうさい)、北村季吟(きたむらきぎん)、本居宣長(もとおりのりなが)と、英訳した「アーサーウェイリー」を通じて、源氏物語の生命力の変遷と本質を教えてくれる。
『源氏物語は、「人生の百科全書」でもある。誕生から死去まで、人間が経験する出来事のすべてが、ここに凝縮している。・・(略)・・ありとあらゆる恋のバリエーション、男同士の友情と戦い、女同士の嫉妬と和解、遠い世界への旅立ちと帰還、そして生活を潤わせてくれる芸術の数々・・・・。』(同書34ページ)
著者の数十年に渉る源氏物語研究への情熱と緻密な本質探検がすごい。「源氏愛」である。
(3)女たちが花開かせた近代日本の「源氏物語」現代語訳と漫画版「あさきゆみめし」
―「大和和紀さんは、二十世紀の紫式部です。」(瀬戸内寂聴)―島内氏によると、近代日本は源氏物語が冷遇されたという。そんな中でも、1912年与謝野晶子『新訳源氏物語』をターニングポイントに女性作家の時代が始まった。円地文子(えんちふみこ)、田辺聖子、瀬戸内寂聴、尾崎左永子(さえこ)などの現代語訳によって新たな生命を吹き込み、読者を広げてきているのがわかった。
私のような初心者は、一体何からどう読むべきか分からなくて、手も足もでない。
「週間KODOMO新聞」(2008年11月8日夕刊讀賣新聞 7ページ)の青少年向けのガイド記事が目にとまった。京都学園大学人間文化学部教授の山本淳子(じゅんこ)さんに助けられた。「今どこの高校、予備校でもたぶんコミック版源氏物語『あさきゆめみし』(大和和紀著 講談社)を読むように勧めていると思います。登場人物の人間関係や粗筋が分かるので試験問題を解くのにかなり役立ちます。・・(略)・・源氏物語の本質はリアルな恋や愛。それ無くしては教えられない」と紹介している。早速、ブックオフで中古本求めたがすべて売り切れ。結局書店で新しい『あさきゆみめし』をまず4冊購入した。
(附記)
今年正月に読んだ『秘花』以来、瀬戸内寂聴さんが描く明るいエロスの世界と縁の仏教人生観に魅せられている。文化勲章を受賞した寂聴さんの源氏物語の世界をどうぞ。
瀬戸内寂聴『寂聴と読む源氏物語』(講談社 2008年10月)
瀬戸内寂聴『源氏物語の女君たち』(日本放送出版協会 2008年8月)
瀬戸内寂聴『源氏物語の男君たち』(日本放送出版協会 2008年8月)
瀬戸内寂聴 講談社文庫『源氏物語 全十巻』(講談社)
以上