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2022/05/19 「経済安全保障」第4回 条文ベースの経済安保法解説(第3章)特定社会基盤役務の安定的な提供の確保

こんにちは。BIP株式会社・経済安全保障コンサルタントの児嶋秀平です。

私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。

この講座では、現内閣の最重要政策の一つである「経済安全保障」を巡る動向と、それが企業に与えるであろうインパクト等について、元国家官僚としての私見を交えつつご説明したいと思います。

前々回は、経済安全保障法の第1章「総則」について、また前回は、経済安全保障法が創設する4つの制度の1つである、第2章「特定重要物資の安定的な供給の確保」について条文ベースでご説明しました。法律は条文に書いてあることが全てだからです。

今回は、第3章「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保」(第49条〜第59条)について、引き続き条文ベースで見ていきます。

目 次

■経済安全保障法成立は大きな一歩、法律の正確かつ十分な理解が重要に

去る5月11日、経済安全保障法(経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律)が、国会で可決成立しました

本稿を執筆している5月15日現在も、ウクライナ情勢は引き続き混迷を極めています。ロシア軍によるウクライナ市民に対する非道な戦争犯罪も次々に明らかとなり、これに対する国際社会による経済制裁もエスカレートしています。5月8日にはG7各国はついにロシア産原油の全面輸入禁止を決定しました。

このような天然資源や食糧の輸入を止めるタイプの経済制裁は、制裁する側の経済にも大きな負担を強いるものです。しかし、日本を含む西側諸国としてはここが踏ん張りどころでしょう。

なぜなら、ロシアによる常軌を逸した暴走を止めるためには、強力な経済制裁によってロシアの国力を徹底的かつ一気呵成に削ぐことが必須だからです。そして、中途半端な追い込みはかえってプーチン大統領の逆ギレ(生物・化学兵器や核兵器の使用)のリスクを高めるからです。

他方、ロシアを弱体化することによって懸念されるのは、中国のさらなる台頭です。今後は弱体化したロシアが中国への依存度を高めるであろうからです。その結果、ロシアの豊富な天然資源を確保する中国による台湾侵略の脅威はますます切迫したものとなるでしょう。

また、北朝鮮はその後ろ盾であるロシアの頼り甲斐が失われていくのに伴い、自らの核ミサイル開発をますます加速させるでしょう。去る5月12日にも北朝鮮は弾道ミサイル3発を日本海に撃ち込みました。

日本にとっての地政学的な不幸は、これらロシア・中国・北朝鮮という、現在の国際社会において最も危険な独裁体制国家である3国がいずれも、日本海を挟んだ隣国であるという事実なのです。

このような混沌とした国際情勢の下で今般、日本において経済安全保障法が無事成立したことはまさに不幸中の幸いであり、安全保障上の大きな一歩であるといえるでしょう。したがって、今後、日本の官民は、せっかく作り上げたこの法律を的確に実行に移す必要があります。その前提となるのが、法律の正確かつ十分な理解なのです。

■第3章「特定重要物資の安定的な供給の確保」の趣旨は基幹インフラを仮想敵国から守ること

それでは、経済安全保障法案全7章のうちの第3章「特定重要物資の安定的な供給の確保」を見ていきましょう。

経済安全保障法の全条文は、内閣官房のウェブサイトに公開されています。
https://www.cas.go.jp/jp/houan/220225/siryou3.pdf
第3章の内容は56ページ以降に記載されています。

経済安全保障法案
第一章「総則」(第1~5条)
第二章「特定重要物資の安定的な供給の確保」(第6~48条)
第三章「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保」(第49~59条)
第49条:特定社会基盤役務基本指針
第50条:特定社会基盤事業者の指定
第51条:指定の解除
第52条:特定重要設備の導入等
第53条:特定重要設備の導入等に関する経過措置
第54条:導入等計画書の変更等
第55条:特定重要設備の導入等後等の勧告及び命令
第56条:勧告及び命令の手続等
第57条:主務大臣の責務
第58条:報告徴収及び立入検査
第59条:資料の提出等の要求
第四章「特定重要技術の開発支援」(第60~64条)
第五章「特許出願の非公開」(第65~85条)
第六章「雑則」(第86~91条)
第七章「罰則」(第92~99条)
附則(第1条~11条)

第3章の趣旨は、「電気・ガス・水道等の安定提供の確保は安全保障上重要である一方、その重要設備は安定供給を外部から妨害する行為の手段として使用されるおそれがある。そこで、これを防止するため重要設備の導入・維持管理等の委託を事前に審査する制度を創設する。」というものです。

より直接的には、中国・ロシア・北朝鮮などの仮想敵国による主にサイバー攻撃から日本の基幹インフラを守る、ということです。

■第3章:第49条(特定社会基盤役務基本指針)

このため、まず第49条は、政府が「特定社会基盤役務基本指針」を定めることを規定しています。この基本指針には、「特定妨害行為」の具体的内容が定められます。

「特定妨害行為」は、後述する第52条において「特定重要設備の導入又は重要維持管理等の委託に関して我が国の外部から行われる特定社会基盤役務の安定的な提供を妨害する行為をいう」と定義されています。

また、基本指針には、次条の特定社会基盤事業者の指定勧告及び命令に関する基本事項等が定められます。基本指針は閣議決定を経て公表されます。

■第3章:第50条(特定社会基盤事業者の指定)

第50条は、主務大臣による「特定社会基盤事業者」の指定について規定しています。「特定社会基盤事業」とは、この条に列挙する14種類の事業(電気事業、ガス事業、石油事業、水道事業、鉄道事業、貨物自動車運送事業、外航貨物事業、航空事業、空港事業、電気通信事業、放送事業、郵便事業、金融事業、クレジットカード事業)のうち、政令で定めるものをいいます。

第2章の特定重要物資の指定が全てを政令に委ねる形をとるのとは異なり、対象事業の外縁を法律で規定した点が第3章の特徴であるといえます。これにより、上記14事業以外の事業者が第3章の規制を受ける可能性は、将来法律が改正されない限りなくなりました。

そして、この特定社会基盤事業を行う者のうち、その特定重要設備の機能が停止または低下した場合に安全保障上の影響が大きいものを、特定社会基盤事業者として指定するのです。この「特定重要設備」と「特定社会基盤事業者」の該当基準は、省令で定められます。

第51条は、基準に該当しなくなった場合の指定の解除を規定しています。

■第3章:第52条(特定重要設備の導入等)

第52条は、特定社会基盤事業者が他の事業者から特定重要設備の導入や他の事業者への維持管理委託を行う場合に、予めその内容を詳細に記載した「導入等計画書」を作成して主務大臣に届け出る義務を規定しています。

そして、「導入等計画書」は主務大臣による審査を受けます。審査期間は届出の受理から原則30日、最長4か月間です。審査の結果により、主務大臣は特定社会基盤事業者に対し、導入計画書の内容変更や特定重要設備の導入等の中止を勧告することができます。

なお、この勧告を発するか否かの判断基準については、主務大臣が「特定重要設備が特定妨害行為の手段として使用される恐れが大きいと認めるとき」とのみ規定されています。この基準は政省令等で具体化されるわけではありません。したがって、かなり曖昧な基準であるといえます。

これは、日本の重要インフラが様々な態様によって万が一にも中国・ロシア・北朝鮮のコントロール下に置かれることを防ぐため、このような規定にとどめているのだと思います。安全保障上やむを得ないこととはいえ、事業者にとっては予見可能性が著しく低くなるので、政府によるできるかぎり透明な運用が望まれます。

そして、この勧告を受けた特定社会基盤事業者が、正当な理由なく応じない場合は、主務大臣は命令を発することができます。この命令に従わなければ、第7章第92条に規定する罰則(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)が課されるのです。

第53条は第52条の経過措置を、第54条は導入等計画書の変更手続を規定しています。

■第3章:第55条(特定重要設備の導入等後の勧告及び命令)

第55条は、特定社会基盤事業者が特定重要設備の導入や重要維持管理委託を一旦行った後でも、国際情勢の変化等に応じて主務大臣が勧告を行うことができることを規定しています。

この規定は、例えば、中国・ロシア・北朝鮮以外の新たな安全保障上の脅威が将来現れた場合を想定するものであり、政府の高い危機管理意識が反映されていると思います。

■第3章:第56条(勧告及び命令の手続等)

第56条は、主務大臣が勧告及び命令を行う場合は、予め内閣総理大臣その他関係行政機関の長に協議しなければならないことを規定しています。

上述の通り、法律は勧告及び命令を発するか否かの判断基準を曖昧な形にとどめているため、主務大臣による恣意的な独断は排する必要があるからです。

第57条は特定社会基盤事業者に対する情報提供を、第58条は報告徴収及び立入検査を、第59条は関係者の協力義務を規定しています。

以上が、第3章「特定社会基盤役務の安定的な提供の確保」の内容です。

■第3章の施行期日は2023年11月11日

なお、第3章の施行期日は、「公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日」(附則第1条)です。第2章の施行期日である公布後9か月以内よりも長く設定されています。これは、特定重要設備の導入には多くの場合巨額の資金と長い準備期間を要することから、事業者に配慮したものだと思います。

経済安全保障法の公布日は5月11日なので、その1年6か月後は来年令和5年の11月11日となります。それまでの間に、第3章施行のための準備作業が、官民双方において着々と進められることでしょう。

■次回の講座について

次回(第5回)は、経済安全保障法の第4章以下について、引き続き条文ベースで解説します。また、経済安全保障を巡る国内外の情勢についても必要に応じフォローしたいと思います。

BIP株式会社は、「企業様と共に事業開発・経営改善に取り組み 第2・第3の成長を創るパートナー」であることをビジョンとしています。この講座では「経済安全保障」に関して、企業経営者自らの大胆な決断に結びつけるお手伝いができることを目指して連載を進めます。

以上

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thumbnail_kojima児嶋 秀平(こじま しゅうへい)

弁理士 経済安全保障コンサルタント

このミニ講座では、急速にクローズアップされている「経済安全保障」を巡る法律の立案と関連する動向、それが企業に与えるであろうインパクト等について、私見を交えつつご説明していきたいと思います。
私は現在、知的財産の専門家である弁理士として特許事務所を経営しています。弁理士になる前は、国家公務員として経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、警察庁、外務省、内閣官房等で30年間勤務しました。多様な経験を活かして企業の皆様に貢献したいと思っています。

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