佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2011/09/12 M&Aの時代。買収した赤字会社30社すべてを黒字化した日本電産の経営。
日本企業においても国内、海外問わずM&Aの時代です。しかし、一般的にはM&Aの成功はそう簡単なことではありません。買収した赤字会社30社すべてを短期に黒字化した日本電産に私は大変興味を持っていました。
幸い、『致知』10月号で、日本電産永守重信会長がウシオ電機牛尾治朗会長と紙上対談の中でその内容を述べています。M&A成功の方法は多様とは思いますが、成功事例としてご紹介したいと思います。詳細は『致知』10月号をお読み願います。
(1)リーマンショックを黒字で克服――売り上げが半減しても赤字にならない仕組みづくり
危機の時に、その会社と経営者の哲学と実力が問われることはないでしょう。リーマンショック時の日本電産の対処には、王道とは理解しながらも見事に実践する姿に驚きます。売上げが半分になっても絶対に赤字にならない収益構造をどう実現するかを考えた。75%に戻れば元の利益、100%戻れば元の倍の利益が出ることを目指してWPR(ダブル・プロフィット・レシオ)という大運動を展開したそうです。
結果、2009年1~3月は数百億円の赤字の恐れがあったところ10億円の黒字を出すことができた。通期では売上げが75%しか戻らない中で最高益を更新したのです。
危機感を共有するため、従業員の賃金は一旦5%カットした。結果的に最高益になったので銀行の2倍の利子をつけて皆に返した。
全社員に収益を上げる方法や無駄の削減案を募った。そうしたら5万件も挙がってきた。社員も相当の危機感を持っていた。
挙がった5万件をすべて順番にやっていたら、売上げは戻らなくても最高益になったそうです。
その際の経営者の姿勢を永守会長はこう述べています。1930年代の大恐慌時にGEが危機に陥った時の経営にもヒントを得たそうです。
「よほど効果のないものは省きましたが、一応全部やらせました。効果が出たか出ないかは本人が分かりますし、やる前から「これはあかん」と言うと、次から提案が出てこなくなりますから。1円、10円といった削減策もありましたが、足せば何億ですよ。・・・
要するに、危機にある時にはトップダウンより一般社員からのボトムアップが一番強いということです。そういう時に社員と危機感を共有できて、下からたくさん提案が挙がってくるようでないと会社は変わりませんね。」
(2)買収した赤字会社30社を100%黒字化――PMIの基本方針「連邦経営」
M&Aを経験している会社が多いですが、買収した赤字会社30社を100%しかも短期間に黒字化した日本電産。雇用をほとんど維持して成功率が非常に高い。その経営には興味が尽きません。買収後の組織統合方針やプロセスはPMI(Post Merger Integration)と呼ばれますが、永守会長の買収後の基本方針は3つだそうです。
①経営者も従業員も代えないで、一緒に経営していく。
②買収する会社のブランドを残し、安心感を与える。
③買収当初は数人支援を出すが、再建が終わったら基本的には全員引き上げる。
ではどうやって黒字化していくのか?との疑問に、永守会長は「連邦経営」と称してこう述べています。
「最初は毎週通って経営会議にも出ます。営業利益が15%になるまでは月に1回行きますが、15%を超えたら3ケ月に一度、20%を超えたらもう行きません。行くのは株主総会くらいです。
行ってやることはもうワンパターンです。昼食会をやって、夕食会をやって、向こうの言い分をとことん聞く。そこで出てきた問題を取り除いていくのです。言ったことにちゃんと応えてくれると分かれば、向こうも心を開いてどんどん本音を言います。」
海外企業も手法が同じだが、アメリカでは報酬を日本よりはっきりとする必要があるそうです。再建に要する時間は、日本で1年かかるところがアジアでは2年、ヨーロッパでは3年、アメリカでは5年かかるというのが注目されます。意識を変える経営手法は共通ですが、各国の文化、労働事情の違いは
影響するようですね。
(3)運気を呼び込み――未知の可能性ある分野への「領域一番」の挑戦
日本電産の成功の経営戦略としてM&A戦略が重要ですが、もう一つ弊社BIPが強調する「領域一番」の事業戦略があると思っていました。将来性があるが未知の分野への果敢な挑戦でもあった。強運ともいえるが、その強運を呼び込むのは何かを永守会長はこう述べています。
「会社をつくった時にはすでに世界に三百社くらいモーター会社がありました。先輩がやっている分野に後発の我々が入っても勝てませんから、難しくてよそがあまりやらないところばかり選んだわけで、その一つがハードデスクだった。」
「運気を呼び込むのなら、やっぱり自分のやっていることに惚れ込むことも大事ですね。よく二代目の経営者が、親父が始めたから仕方なしにやっていると言うのですが、そんな仕事が成功するわけがない。惚れ込まなければダメです。人が何と言おうが、この仕事が俺の天命、天職だと惚れ込んでやれば、必ず上手くいきますよ。」
最近刊行された早稲田大学ビジネススクール教授・株式会社ローランドベルガー会長遠藤功『経営戦略の教科書』の中で日本電産が「M&Aのケーススタディー」として研究されています。(参考文献2 P159~163)
「M&Aの対象企業としては、極めて戦略的・合理的に選別しています。小型精密モーターを本業とする日本電産は、自らの「戦う土俵」を「回るもの・動くもの」に絞り込んでいます。買収先を二軸で分類し、「戦う土俵」の拡大を狙っているのです。垂直方向はモーターの種類やタイプ、水平方向に自動車用、コンピューター・PC関連、産業用・家電用などの用途別を見据え、「戦う土俵」の中における戦略的買収を行っています。」
買収を財務的視点だけで考えては本末転倒であり、ビジネス戦略が基本であることを教えています。
買収前のビジネス評価やプロセスを総合したものとして「ビジネス デューデリジェンス」と呼ばれます。その参考書としてアビームM&Aコンサルティング編『M&Aを成功に導く ビジネス デューデリジェンスの実務』を紹介して筆をおきます。
(参考文献)
1.『致知』2011年10月号(致知出版社 2011年9月1日発行)
2.遠藤功『経営戦略の教科書』(光文社新書 2011年7月20日初版発行)
3.アビームM&Aコンサルティング編『M&Aを成功に導く ビジネス デューデリジェンスの実務』(中央経済社 2006年11月20日 第1版第1刷発行)
≪BIP ブックモール≫
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佐々木 昭美(ささき あきよし)
取締役会長 総合研究所所長
経営コンサルタント(経営改善、事業開発、ビジネスモデル、 人事戦略、IPO、M&A、社外取締役)
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