佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2011/05/09 デジタルネイティブ時代の「大震災とネットの役割」を考える
5月3日より5日まで3日間、日本経済新聞が「経済教室」欄で「震災とネットの役割」と題した専門分野の大学研究者による小論を掲載しました。タイムリーな企画だと思います。1000年に一度とも言われる大地震と大津波による甚大な被害は、世界的にも未曾有の事態です。
その日本は、インターネット、特にモバイルデータ通信普及の先進国でした。
今回発生した「大震災とネット」の現状を正しく分析し、今後の課題を「見える化」し、次の進化・革新の方向を明確にすることは、全国民、全産業、自治体、国はもちろん、世界に大きな意味をもっていると思います。関連する情報通信、放送、出版等の業界にとっては、企業の将来に影響する大きな課題です。
私は、1992年にインターネットビジネスの仲間になって、今年でちょうど20年目になります。
1995年1月阪神大震災の際に、私は前職(ネットワンシステムズ(株))で震災対策本部長を務め、神戸地域の自治体、大学、企業等のインターネットを守り、地域復旧を支援する闘いを体験しました。
そして、2011年3月東日本大震災発生以来、宮城県出身という意識も加わって、ツイッターやBIPWebを通じて、災害復興支援・経済復興支援等の情報発信の闘いを毎日続けています。
皆様と一緒に意見交換するキッカケの一つになればと思い、3論文の中で私が関心を持った点を中心にまとめた拙文を作成しました。お読み頂き、ご指導頂ければと願っています。
(1)西垣通 東京大学教授「震災とネットの役割㊤」――分権的思想を現実的世界立て直す手段に
情報学専門の西垣教授の小論は、ICT技術やインターネットのしくみを詳しくご存じでない読者の方々にも議論に参加して頂くために、まず前提となるデジタルコミュニケ-ションの基礎を理解していただくのに大変分かり易い説明を提供しています。インターネットの技術的基礎であるパケット通信の流れを詳しく説明し、電話網との比較を述べているのは、技術論と同時に社会的しくみへの考察の土台となっています。
その上で、西垣教授の問題意識は次の点にあるようです。
「だが問題は、既に指摘されているように、受け皿のシステムが機能不全に陥っていることなのだ。
普通は市町村の行政機関が窓口となり、実行部隊の役割も引き受け、被災者への衣食住サービスに努める。だが今回は、役所の建物が流されたり、担当者が行方不明になったりして、いわば自治体そのものが物理的に崩壊してしまったケースも多いのだ。公的なコミュニケーションのルートが破綻し断絶したしたとき、我々はいったい誰に、いかなる情報を送れば、真に被災者に届く有効な支援ができるのだろうか。」(参考文献1)
これは、理論上の仮説ではなく、今や多くの被災自治体で現実に起きている姿です。西垣教授は、上記の点について、分権的インターネットが震災時も機能し、草の根の被災地支援に活躍していることなど多くの事実と知見を提供しています。
もちろん、私は国家の役割、自治体広域連携など公的な行政機関がもっと実行可能な範囲があるが十分なのか等多くの議論が必要なことも承知しております。しかし、現実に機能不全、支援不全が発生している時にどうすればよいかという国民目線で現実論が求められているのを重く見て、物事を見直す意義は大きいと思います。我々は、自然も、社会も、人生も、学習・研究やSF小説の世界では広く仮説、推察を重ねながらも、実践段階ではすべてを「想定」できていないのだから。「善悪」の評価という議論は別途あるかもしれませんが。
小論の中でとても素晴らしい視点に出会いました。西垣教授は、インターネットは、とかくリアルでバーチャルな世界のツールと見なされ、リアルな生活空間とは異質な世界に浸るというのが定説であり、それを礼賛する評論家も少なくなかったが、変わる可能性と大きなポテンシャルへの期待を表明しています。
「バーチャル世界の中で、人間は閉鎖的なリアルな世界から解放され、自由になれるというわけである。だが、彼らのオプティミズムには、リアルな世界は誰かが安全に守ってくれているという甘えがあり、小さな快楽だけに目を向ける軽薄さが、どこか空しさを漂わさずにはいられなかったのである。
だがあの日以来、地震、津波、原発事故と続く再厄によって、もはやリアル世界そのものの危うさが露呈してしまった。だから、今、逆にITを、亀裂が入ったリアルな世界を立て直すツールと見なさなくてはならないのである。」(参考文献1)
2月から、私もソーシャルメディアといわれるツイッターとフェイスブックを始めて約3ケ月、その指摘は私も実際に味わった感覚でした。確かな答えを未だ持ち得ていないですが、可能性と限界を日々体験しながら災害復興支援、経済復興支援のツイートやWEBブログ(エッセイ)での発信を継続しています。
震災時のツイッターの活躍と課題をまとめたエッセイを是非お読み頂きたいと思います。
・BIエッセイ2011年03月22日号 「 故郷宮城を思い、ツイッターで昼夜災害救援情報を発信!―「キュレーションの時代」を実体験した1週間―」詳細はこちら>>
(2)村井純 慶應義塾大学教授「震災とネットの役割㊥」――「阪神」時より格段進化、安心基盤確立に課題
(出所)インプレス「インターネット白書98」、総務省、NTTドコモ
(注) 1995年国勢調査人口数を使用したため推定
コンピューターコミュニケーション専門の村井教授は、1995年発生した阪神大震災時の経験と比較しながら、東日本震災時にはインターネットは格段に進化し、多様で有効な利用が多く行われるようになった背景を3点指摘しています。
①まず、インターネットが社会インフラ基盤として進化していたことです。95年に発売された「ウンドウズ95」はパソコンとして初めてインターネット機能を提供した。阪神大震災でインターネットは被災でズダズタになった通信網の中で途切れることなく機能し、社会にインターネットを初めて認識させました。それから16年、現在は国民の約80%が利用し、WWWによる情報の共有、電子メール、検索エンジンによる調査、音声・映像メディアの共有・流通、そしてツイッター、フェイスブックなどソーシャルメディアなど利用の多様化が進んでいます。
②とりわけ大きな変化は、95年当時と比べて携帯電話やモバイル機器が95%近くまで普及していることです。ほとんどの国民が毎日ケイタイを持ち歩く社会システムになっています。こういう環境下で大震災に遭遇したのは古今東西初めての体験だったと述べています。
③第3に重要な着目点として、電源機能を挙げています。携帯電話は、停電時でもまた音声電話が制限された時もデータ通信はリチウムイオン電池の充電がある限り機能しました。充電器常備の重要性は、避難難民となった私も経験済みです。同時に大事なことは携帯電話の基地局が停電になっても緊急通信などのユニバーサル機能を満たすために、バッテリーバックアップ機能が義務付けられていることです。ネット端末としてのケイタイ充電、携帯基地局バッテリー両方の電源機能が通信を支えていたのです。
もちろん、基地局自体被災時の広域無線バックアップや衛星通信の多様な利用、バッテリー稼働時間の延長、自家発電の普及など新たな課題はあります。
特に私が注目したのは、放送事業者や雑誌社などが、既存ルールや規制を緩和して新たな取り組みを始めたことを評価し、今後の枠組み議論の進展に期待していることです。
雑誌の印刷、流通が困難な中で、週刊少年漫画の電子媒体による無料配信という英断が実行されたことをご存知の方も多いと思います。新聞社、NHKやいくつかの民放各局や、ラジオ局は、放送内容をインターネットで同時配信しました。私も、帰宅難民時や計画停電時はTVが見られないので、メディアの公式ツイッターやWebを頻繁に見ていました。
「発信する新聞社や出版社側にも、受信する読書の側にも、電子媒体による配布・配本体制の準備が整っていたために実現したことだ。」(参考文献2)
もちろん、課題も提起しています。インターネットやSNSなどに関する深刻なデジタルデバイド(情報格差)があり、情報セキュリティーのマネジメントシステムなどの解決が急務です。
村井教授は、技術デザインと社会システムデザインの両面から複眼でインターネットを見つめながら普及に取り組んでおり、ずっと学ばせて頂いています。村井純 著『インターネット新世代』を紹介したエッセイも参考にどうぞ。
・BIエッセイ2010年03月01号「“日本のインターネットの父”村井純慶應大学教授の新著『インターネット新世代』をもう読みましたか?」詳細はこちら>>
(3)松尾豊 東京大学准教授「震災とネットの役割㊦」――ウェブ情報は意志決定も左右、分析力課題
ウェブ工学、人口知能専門の松尾准教授は、ソーシャルメディアのリアルタイム情報発信に注目した提言をしています。発信する情報の意味内容を分析し、活用する「セマンテック技術」に関わる問題です。日本でもソーシャルメディアは急速に普及しつつありますが、未経験の方が圧倒的に多いので意外と思われるかもしれませんが、実用化が内外で進んでおり、大きなテーマだとの認識を促しています。ご理解頂くために、松尾准教授の紹介事例を整理して引用します。
◆「言い回しや話題により、ブログの著者の性別や年齢、居住地をある程度推定できる。そうすれば、ある商品に関する購入者の反応を性別や年代と合わせて形で調査できる。」
◆「例えば、米国地震研究所では、ツイッターを観測することにより、世界のどこで地震が起きたかをすばやく察知する研究をしている。東京大学・知の構造化センターでも同様の研究をしており、震度3以上の地震の9割をツイッターのデータだけから知ることができるとの研究成果を出している。」
◆「英国ではツイッターを使って平均株価を予測する技術が、ドイツではツイッターから選挙の結果を予測する研究がそれぞれ進んでいる。」
◆「国内でも選挙の結果、商品の売れ行き、経済指標の予測、平均株価の予測といった様々な試みがあり、徐々に実用化がすすんでいる。」
目的は何か。米企業は明確に意志決定への活用をめざしています。マイクロソフトの検索エンジンである「ビング」は、はっきりと意志決定エンジンとうたっており、情報検索を意志決定に生かすために意味内容の分析を目指しているという。
意志決定に関する事例として、皆様も既に体験しているものがあります。レストランやホテル等予約の際にはウェブ上の口コミを利用している方が多いと思います。アマゾンを利用すると推薦書や製品の紹介が自動で配信されてきていますね。ツイッターなどソーシャルメディアの有用な情報をユーザー自ら編纂する「キュレーション」の動きも始まっています。(佐々木俊尚『キュレーションの時代-「つながり」の情報革命が始まる』)
松尾准教授は、英語圏を中心として世界中がソーシャルメディア情報を収集し、意志決定に積極的に活用する動きの中で、言語の壁もあってか、日本の国や産業界は活用が弱いと、強い危惧を表明しています。
「ソーシャルメディアを、単に多くの人の暇つぶしと考えず、社会を観測する手段ととらえ、これを意志決定に生かしていくことは、今後の個人や企業、国としても行動を決めるうえで重要である。・・・一見、眼前の震災復興からは遠回りに見えるかもしれないが、それが日本の長期的発展には必要だろう。」(参考文献3)
(4)日本はインターネット「未来島」。積極的な進化・革新の先頭に
今回の大震災で、改めて認識したことは、日本の固定系、モバイル系のインターネットインフラ環境整備は世界トップを走っており、その点では「未来島」だということです。確かに、ハード、ソフト製品は米国勢に圧倒され、日本メーカーの製品「ガラパゴス」戦略は反省点でしたが、産学公一体のe-Japan戦略も寄与し、インターネットインフラ環境は確実に世界一の社会システムになりました。今大切なことは、その基盤を活用して、文字通りにインターネット利用の「未来島」に挑戦することだと思います。20~30才台は、インターネット当たり前の世代となり、既に日本もデジタルネイティブの時代に入っています。老若格差、地域格差等デジタルデバイドを克服する社会的課題解決へのアイデアや技術、政策等によって、「クールで安心な日本を支えるインターネット未来島」に貢献すべきと感じた次第です。
既に、携帯メールでの安否確認、SNSでの情報共有、被災地への救命・救援支援、復興支援SNS、自治体・メディア公式ツイッター、電力利用状況モニターサイト等多様な活用が始まっています。携帯電話に緊急地震速報システムが標準装備されつつあります。新たに生まれたアプリケーションやシステム、技術、制度、枠組み等はきっと世界に役立つと思います。
がんばれ東北! がんばれ日本!
以上
(参考文献)
1.日本経済新聞 2011年5月3日号
2.日本経済新聞 2011年5月4日号
3.日本経済新聞 2011年5月5日号
4.村井純『インターネット新世代』(岩波新書 2010年1月20日 第1刷)
5.ドン・タプスコット『デジタルネイティブが世界を変える』(翔泳社 2009年5月)
6.木下晃伸『デジタルネイティブの時代』(東洋経済新報社 2009年5月)
7.佐々木俊尚『キュレーションの時代-「つながり」の情報革命が始まる』(ちくま新書 2011年2月)
8.佐々木昭美 BIエッセイ2011年03月22日号「故郷宮城を思い、ツイッターで昼夜災害救援情報を発信!―「キュレーションの時代」を実体験した1週間―」
9.佐々木昭美 BIエッセイ2010年03月01号「“日本のインターネットの父”村井純慶應大学教授の新著『インターネット新世代』をもう読みましたか?」
10.佐々木昭美 BIエッセイ 2009年09月07日号「 読書の秋② “ビットの時代・インターネットの時代”予言から15年。“デジタルネイティブの時代”を読み解く。」
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佐々木 昭美(ささき あきよし)
取締役会長 総合研究所所長
経営コンサルタント(経営改善、事業開発、ビジネスモデル、 人事戦略、IPO、M&A、社外取締役)
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