佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2010/02/08 日経2009年エコノミストが選ぶ経済図書第1位 猪木武徳『戦後世界経済史』を読んで
日本経済新聞2009年エコノミストが選ぶ経済図書第1位、そして週刊ダイヤモンド2009年のベスト経済書第2位となった猪木武徳『戦後世界経済史-自由と平等の視点から』を読みました。著者の猪木氏は、大阪大学教授を経て、現在は国際日本文化センター所長です。本書の問いは根源的で痛烈である。現実を解けない学問は、有効な学問と言えるのか? 当然のことだが、そう言っているように聞こえてきます。経済学は、現実の政治経済学すなわちポリティカル・エコノミーであった19世紀の原点から離れ、20世紀はエコノミックスという「サイエンス」に変容したが、その発展の功罪・限界・今後を改めて考えさせてくれます。
猪木氏自身1945年9月に生まれ、戦後は不足と過剰の「振幅の大きな六十年」であったと述べています。近い団塊世代である私も、20才成人後の日本経済を「20年間の高成長時代と20年間の低成長時代」と中学同窓会の感想の中で書きました。(BIエッセイ2008/02/04 『仕事・愛・未来-雪の鳴子温泉で朝まで熱い男女55名』詳細はこちら>>)
現実の所与の政治経済の中で人生を営む私たち国民、ビジネスマン、各界リーダーにとって、マクロ政治経済リテラシーを一歩一歩蓄積する重要性を改めて痛感させてくれた良書だと思います。
【図】学ぶ3つのリテラシー
①人間力リテラシー
②社会力リテラシー(科学技術、経済、歴史、政治)
③経営力リテラシー
(1)猪木武徳『戦後世界経済史-自由と平等の視点から』にみる世界経済の鳥瞰図
本書の要約は私には難しいので、皆さまにはまず目次を紹介します。第二次世界大戦後の世界経済の鳥瞰図であることがわかります。第1章 あらまし
第1節 五つの視点 第2節 不足と過剰の六0年
第2章 復興と冷戦
第1節 新しい秩序の模索 第2節 ソ連の農業と科学技術 第3節 通貨改革と「経済の奇跡」
第3章 混合経済の成長過程
第1節 日米の経済競争 第2節 雇用法とケインズ政策 第3節 欧州経済の多様性
第4章 発展と停滞
第1節 東アジアのダイナミズム 第2節 社会主義経済の苦闘 第3節 ラテンの中進国 第4節 脱植民地化(decolonization)とアフリカの離陸
第5章 転換
第1節 石油危機と農業の停滞 第2節 失業を伴う均衡 第3節 「東アジアの奇跡」 第4節 新自由主義と「ワシントンコンセンサス」
第6章 破綻
第1節 国際金融市場での「破裂」 第2節 社会主義経済の帰結 第3節 経済統合とグローバリズム 第4節 バブルの破裂
むすびにかえて
(2)猪木武徳氏の問題意識と5つの視点
世界経済をどう語るべきかについて、猪木氏は冒頭の第1章でその問題意識と5つの視点を述べています。【1. 市場の浸透と公共部門の拡大】
政治権力の拡大(労働法制、安全衛生、社会保障、競争政策、環境政策、都市計画など)と公共部門の経済規模の著しい広がり(電気、ガス、水道、航空、放送、郵便、通信など)が、戦後世界で起きた政治経済上の大きな変化であったという。先進諸国のGDPの30~60%に達している。政治が経済の枠組みを設定する場合が多い現実もみていく。
【2.グローバリゼーションと米国の時代】
1914年から1945年は「ブロック化」の時代。第1次大戦前に世界貿易が戻ったのが1970年代。パックスブリタニカ(ポンド)からパックスアメリカ(ドル)への交代。グローバル化、産業構造と雇用構造も変化し第三次産業が70%に達した。中国との相互依存関係が拡大中である。しかし、グローバリゼーションは、距離、言語、制度等で国際経済学が言う「要素価格均等化定理」は成立していないと述べる。グローバリゼーションをどう読み解くか。
【3. 所得分配の不平等】
「所得格差の計測や議論は、平均概念を用いるがゆえにその解釈は難しい。・・(略)・・いつの何を、どの時期の何と比較しているのか、比較の目的は何なのかを意識しない限り、数字と統計の遊びになりかねたい。」(参考文献1:13~14ページ)と、平等と公正という価値をめぐる議論の周到さの必要性を強調している。
国家間の不平等化は、先進国と発展途上国の格差は依然大きいが、経済の「グローバル化」によって、豊かな国と貧しい国に両極分解が起こるという説もあるが、実際は一人当たり所得の国家間の格差が拡大しているというのは結論できないという。
日本において、1980年代前半と1990年代後半と比較して、同一の性別、年令、学歴の階層内部での賃金格差傾向はなく、むしろ「賃金の画一化現象」という格差縮小が起きている。例外は40代前後の大卒男性層のみであるという。
【4.グローバル・ガヴァナンス】
猪木氏は、S・クズネッツの説を取りあげ、こう述べる。「経済発展は、主権者による法的・社会的革新の「清算所」機能が国内的にも国際的にもうまく作動してはじめて達成可能である。」(参考文献1:20ページ)
経済的困難、摩擦や対立を国際的に裁定する世界的機構が不可欠であるがどう機能したのだろうか。
その際もっとも重要な鍵を握っているのは国家という解決機関と述べている。同時に、戦後発展した国際連合、IMF、GATTなどのグローバル・インスティチューションの変遷も固定観念でない検証を求めている。
【5.市場の設計と将来】
今や蜃気楼となったとされる社会主義計画経済の根本的欠陥を指摘するだけで済むものではなく、市場システムにも深刻な欠陥と弱点があること前提で、市場のデザインが必要であると説く。
市場経済のインフラとしての「信頼(trust)」をベースにした、自由な経済活動こそ、いつの時代も健全な経済発展について必要であるというのが著者の基本認識である。封建制時代での経済活動の「信頼」の存在に関する最近の研究成果も紹介している。
(3)自由と平等に関する人類史的実践知と未解決課題への展望
ポリティカル・エコノミーという政治経済学の原点に立ち、同時に政治経済現象の現実不可分の実態に即し、自由と平等という価値観と関連する課題を逃げないで正面から論究している姿勢に敬服する。我々は、マクロ政治経済政策によって、戦争と平和、停滞と成長、圧政と自由等の現実が大きく異なることを200年の人類史の現実で知っています。「平等をめざす社会において自由が失われ、自由に満ち溢れた社会では平等が保障されにくいということは、過去二〇〇年の世界の歴史が明らかにしたところである。」(参考文献1:373ページ)
それでは、平等化と自由の両立はどう解決するのか。猪木氏は、経済成長、人的・物的資本、デモクラシーの関係を研究する重要性を説き、次のような提言を述べる。
トクヴィルが指摘したアポリア(難問)である「平等化の進展は自由の侵蝕を生む」という問題は人的資本の水準の低い国に起こる可能性が高いという。この命題は、デモクラシーの社会つまり日本においても当てはまると警告する。
「日本のような経済の先進国でも、市民文化や国民の教育内容が劣化してゆけば、経済のパフォーマンス自体も瞬く間に貧弱になる危険性を示唆していることになる。知育・徳育を中心とした教育問題こそこれからの世界経済の最大の課題であることは否定すべくもない。」(参考文献1:374ページ)
2010年は、国民読書年です。普段多くの国民が危惧している知育・徳育の重要性を政治経済学の本から教えてもらうとは思わなかったが腑に落ちた。本書は、社会力リテラシー(科学技術、政治、経済、歴史)の教科書の一つになる本かもしれませんね。皆様と一緒に人間力・社会力・経営力のリテラシーを学び続けたいと思います。(BIエッセイ2010/01/12『2010年初夢(個人編):「働く喜び、学ぶ喜び、遊ぶ喜び」の生きる喜び「三喜計画」を描く-2010年は「再スタート元年」-』詳細はこちら>>)
以上
(参考文献)
1.猪木武徳『戦後世界経済史』(中公新書 2009年5月初版、2010年1月5版)
=================================================================
≪BIP ブックモール≫
読者の皆様へより便利に参考情報・参考書籍をご紹介するために、Amazon.co.jpアソシエイト・プログラムを採用しています。