佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2009/04/27 GW1日は読書。村上龍『無趣味のすすめ』の挑発的タイトルの真意は?
村上龍『無趣味のすすめ』のタイトルは挑発的だ。本は、真っ白な表紙に“村上龍 無趣味のすすめ”の文字だけである。帯に“村上龍”の文字と上半身の写真である。村上龍さん個人がこの言葉に込めたメーセージが強く伝わってくる。新書より若干大きい程度の手軽に持てる変型版である。GW(ゴールデンウィーク)の中1日は、読書で休養・教養も良いですね。38編のトップが“無趣味のすすめ”である。『わたしは趣味をもっていない。・・(略)・・趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。』(参考文献1:8~10ページ)
この本は、130万部のベストセラー『13歳のハローワーク』の大人編かもしれない。村上龍さんだから言えたとも思うが、最近流行のKY風潮からすればリスクある発言である。それは十分承知の上でのたくさんの箴言には、激しい熱情がほとばしる。温かい心底からの激励の辞ではあるが、怒りに近いのかもしれない。
村上龍さんは、私と数歳違いの同世代である。その活躍は、人気小説家、TV司会者、映画監督、音楽プロデュースなど多彩である。余り小説は読んでないが、TV番組「カンブリア宮殿」は面白い番組でたまに見ている。1952年生まれで38歳までの前半活動を伝える『Ryu Book 現代詩手帖特集版』(参考文献2)、最近の経済・社会への関心を示す『希望の国のエクスソダス』『カンブリア宮殿 村上龍×経済人 社長の金言』も読んでみた。多くの世界への旅による生きたサバイバル体験からの叫び=人生指南と連想できなくもない。多くの経済人の「金言」との出会いも、格言の背景となったのではないか。56歳の村上龍さんは、確固たるヴェンチャー=少数派であり続けることで役割を担おうとしているようだ。
(1)38編の“村上龍箴言集タイトル”
「大転換期を生きる人の必携・箴言集」が帯のメーセージである。永瀬清子著『短章集 続』(参考文献5)の解説中で井坂洋子さんが、詩人「永瀬清子は自分の書きつけたアフォリズム(箴言、格言)に類する思いの断片を、悩んだ末に短章と名付けた。」(参考文献5:216ページ)と述べている。この本は、38編の短章の結晶である。「正確さと簡潔性」を旨とする姿勢で歯切れが良い。村上流BGM付き文章表現か、リズムがある。38編それぞれが独立した意味をもつ箴言集の全容の要約は難しいので、以下短編のタイトルをまず読んで頂きたい。(参考文献1:2~5ページ)無趣味のすすめ 少数派という原則 グローバリズムは思想ではない 「好き」という言葉の罠 仕事と人生のパートナーシップ 最高傑作と「作品 群」 オーラの正体 夢と目標 情熱という罠 集中と緊張とリラックス トラブルの種類 どんなファッションで臨むか もとなしと接待 優れた道具 ビジネスと読書 品格と美学について リーダーの役割 謝罪という行為は スケジュール管理 「交渉術」という脳天気な言葉 仕事における有用な人脈 モチベーションと希望 ライバルと希望 グローバリズムと日本社会 部下は「掌握」すべきなのか 効率化とゆとり 後悔のない転職 ときに投資は希望を生むが・・・。 労働者と消費者 決断する力 金融不安と大不況 アドバイスについて ワークライフバランス ビジネスにおける文章 語学の必要性 企画の立て方 失敗から得るもの 盆栽を始めるとき
(2)村上龍さんの「品格と美学について」
第16編の「品格と美学について」では、将来ある若者に対して、世の間違った風潮に惑わされないようにしてほしいという気持ちが明快な文章で示されている短編である。『仕事で重要なのは目標を設定してやり遂げること、そして成功することで、品格や美学ではない。品格を保ち美学を感じるけど仕事で失敗ばかりしているというような人は相手にされない。また品格や美学があれば仕事が成功するというわけでもないし、法やモラルの遵守は美学や品格とは何の関係もない。昨今のメディアはどうして品格や美学など曖昧な概念が好きなのだろうか。・・(略)・・そして、経済的弱者は幻想にすがる。以前の講演会で、金より自分らしさを大事にしたい、という学生がいて、わたしが「じゃあ年収は最低どのくらいあればいいのか?」「その金をどうやって稼ぐのか」「結婚はしないのか」「生活保護でもいいのか」と質問したら涙ぐむだけで答えられなかった。繰り返すが、仕事は何としてもやり遂げ、成功させなければならないものだ。仕事に美学や品格を持ち込む人は、よほどの特権を持っているか、よほどのバカかどちらかだ。』(参考文献1:97~100ページ)
人生の真実は、マスメデア論調との親和性に求めてはいけないとメディア人でもある村上龍さんの率直で簡潔な問いかけは鋭い。
(3)『希望の国のエクソダス』と『無趣味のすすめ』の「グローバリズム」論
2002年3月、『希望の国のエクソダス』文庫版のあとがきでこう述べている。『グローバル経済、あるいは金融市場主義には明らかな欠点がある。しかし、繰り返しなるが、だからと言ってグローバル経済の欠点を列挙して懐古主義に浸るわけにもいかない。リスク管理の方法は、多様性を維持することしかないと思う。異文化を理解し、寛容を持って接することが結局は最大のリスク管理、危機管理になるはずだ。わたしはナマムギという少年を小説中に設定するときに、そう思ったのだった。・・(略)・・この小説はファンタジーだが、この小説が成立するためのさまざまな社会的要素は現在に至っても変化がない。つまり、わたしたちの社会はいまだ十分な危機感と適応力をもっていない。』(参考文献3:430ページ)
2009年3月、『無趣味のすすめ』第3編「グローバリズムは思想でない」と第24編「グローバリズムと日本社会」において、2008年10月以降の一層厳しい現実であり、論議となっているグローバリズムについてこう論じている。
『グローバリズムはいまだにそのうねりを止めていない。目に見えない大きな潮流のようなものだ。思想ではない。だから「適応する」というのがもっとも正しい接し方で、付和雷同したり、賞賛したり、立ち向かったり、毛嫌いしたりするものではない。世界史的な大きな流れなので、目をそむけようが、辺境の地に隠遁しようが、逃れるのは無理だ。』(参考文献1:21ページ)と現実を直視せよと諭している。
同時に、グローバリズムへの適応が大変なことも率直に指摘した上で、結局「個人としてグローバリズムに適応するのか、それとも社会的に地方の自立のために具体的・科学的に努力するか、方法は二つしかない。」と述べている。
まずは、認識と心の鎖国を解き、グローバルの現実から逃げてはならないと痛切に感じた。今年日本は、IMF最悪のマイナス成長となる。世界需要抜きでは困難な日本の実態を知り、我々はどう立ち向かうべきか走りながら考える毎日である。
村上龍さんは、親子、老若男女すべての人々に、職業を越えた普遍的メッセージを伝えている。
以上
(参考文献)
1. 村上龍『無趣味のすすめ』(幻冬舎 2009年3月)
2. 村上龍短編、横尾忠則装訂『Ryu Book 現代詩手帖特集版』(思潮社 1990年9月)
3. 村上龍『希望の国のエクスソダス』(文藝春秋 2002年5月)
4. 村上龍著 テレビ東京報道局編『カンブリア宮殿 村上龍×経済人 社長の金言』(日本経済新聞出版社 2009年2月)
5. 長瀬清子『短章集 続 焔に薪を/彩りの雲』(思潮社 2008年2月)