佐々木昭美のBIエッセイ 明るく楽しくイノベーション
2008/06/02 全ての女性の胸に輝く真珠と笑顔-世界真珠王御木本幸吉生誕150年への旅
ゴールデンウイークに鳥羽・志摩の旅で、ミキモト真珠島を見学しました。先日、NHK番組“その時歴史が動いた”は、『養殖真珠による宝石革命-女性を輝かせた御木本幸吉』を放映した。御木本幸吉(以下、幸吉翁と称する)は、1858年1月25日鳥羽に生まれ、今年生誕150年である。女性の皆さん、真珠の宝石を身につけた時の輝きと笑顔を思い出して下さい。
男性の皆さん、真珠の宝石を愛する人にプレゼントした時のドキドキを覚えていますか。
日本が誇って良い世界の真珠王との縁な出会いで感じた思いを書いてみたくなりました。
(1) 真珠の高貴で甘い煌めきと美しさ
(岩田裕子『恋するジュエリ - スターが愛した宝石たち』河出書房新社)
鳥羽駅から徒歩10分のミキモト真珠島には、まばゆく輝く真珠のコレクションがありました。日本はもちろん、海外から多くの訪問客です。やはり、女性が多い。幸吉翁が横浜見聞で感じた女性の真珠への思いは、需要側への直感による深い洞察だったと思います。
女性の真珠への思いを男は永久に分からないかもしれないと思い、女性の岩田さんの本に助けてもらいました。
「ひとめぼれした宝石。身につけたら、自分がヒロインなのを思い出した。胸の底に何かが煌めく。気がつくと、物語がはじまっていた。この宝石を手に入れると、何かが起こる。自分が壊れるかもしれない。大事なものをなくすかもしれない。それでもほしい。ほんとうに、何かがほしいって、たぶんそういうこと。幸せと不幸せのジュエリ。この世の果てて出会いたい・・・あなたと。息絶える前に。宝石という蠱惑の世界の内側で、囚われの身になり、永遠に。琥珀の中の羽虫のように・・」これでも思いのすべてを表現仕切れないという煌びやかなプロローグの言葉に、男の心は予想以上の衝撃を受けた。女性には普通の思いなのでしょうね。
オードリー・ヘプバーン『テイファニーで朝食を』のカッコイイ場面。「イエローキャップがスーッとはいってきて、宝石店テイファニーの前で止まった。女がひとり降りてきた。その装いは、仕立てのよい黒のイブニングに黒のサングラス、首には真っ白な極上の三連の真珠が巻かれている。・・ホリーは生き方にスタイルがあるように、宝石にも美学があった。ダイヤモンドはまだつけないのだ。お気に入りの宝石は今のところ、真珠だ。まだ、若い自分を一番ひきたててくれる宝石だと思っているようだ。」宝石は好きだから身につければいい、というものではない、似合う年齢があるのだ、というヨーロッパでは当たり前の基本を、私はこの映画を通して、教えられたと岩田さんは述べている。
ハリウッドの大スターにしてモナコ王妃となった20世紀のシンデレラ。グレース・ケリー『裏窓』は、「肉体派とされたマリリン・モンローの対局にある、もうひとりのアメリカの象徴。クール・ビューテイー。」を表現したとされる。「目も覚める水色のドレス、白地に赤い花模様の優しいドレス、うすいピンクのセーターとスカート、そして真っ白なナイトガウンetc. ・・ヒロインのリザは、服装に合わせ、さまざまな真珠のネックレスをつけ分ける。首にぴったり張り付くドッグ・タイプ、三連の優雅な輝き、煌めくイヤリング・・・。」
率直に言って、男性には書けない岩田さんの次の言葉にビックリし、同時に頷いた。「美しく、冷たく、賢く、華やかで、世の男たちを手ひどくはねつけそうに見える。しかし、その心の底には熱い情熱を秘めており、愛する男には大胆すぎるほど妖しく迫る。言ってみれば、知的な紳士である抑制的な男性のためのマリリン・モンローだ。人前では淑女、しかし自分の前ではセクシーな女性であってほしい。そう願う良識派の男性たちの熱望を、そのままスクリーン上に映し出したのが、グレース・ケリーなのである。」
女性と真珠は、お互いによく知り尽くしていて、一体となって甘い煌めきと美しさを輝かせているのでしょう。幸吉翁の商才が、全ての女性を輝かせる第一歩であった。
(2) 明治に苦難を切り開いた日本発世界的バイオテクノロジーベンチャー夫妻
歴史的にも、日本の古事記、古代エジプトのクレオパトラ伝説など、宝石の中で唯一生き物の胎内で成長する真珠は、古来、女性が憧憬してやまない高価な海の宝石であった。天然の真珠は一万個の貝を割っても、わずか数個現れるかどうかの偶然の産物でした。
となれば、一般庶民の女房や娘の風情に縁のある代物(しろもの)ではなかった。紀元前から数千年、真珠といえば天然真珠のみという長い歴史に、わずか百年程前に革命的といえるイノベーションが起きた。明治26年、ほかならぬ日本人の手によって真珠養殖が成功した。世界初めて、人類史上初めての偉業を成し遂げたのが御木本幸吉夫妻である。今であれば、日本初世界的バイオテクノロジーベンチャーといえる。女性なら誰もが、真珠を身につけられるようになったのは、夢と信念に生きた苦難の養殖技術開発があったからだ。
大日本水産会の柳幹事長に相談する。東京帝大教授・箕作(みつくり)理学博士に教えを乞う。もし、貝を死なさずに貝の内部に微粒をいれて、何年か海で飼っておくことができれば、真珠が理論的には出来るはずである。しかし、未だ誰も成功していないと教えられた。ほとんどの人間は、この段階で挑戦をやめてしまうのが普通である。
「誰もやったことがない仕事こそ、やりがいがあるというもの。自分の努力によって真珠の養殖ができるようになったなら、これは人類文化に画期的な1ページを残す世界的な発明といえよう。これこそ男児一生を賭けるに足る大事業だ。・・鳥羽に帰り着いた幸吉さんは、旅装を解くのももどかしく“真珠養殖”の決心を妻うめさんに打ち明けた。」(伊勢志摩編集室『真珠王ものがたり』)うめさんの暖かい励ましの承諾で、アコヤガイの養殖実験がはじまった。夫婦共同の発明創造への苦難が続いた。私は、妻うめさんの協力と共同作業の重みと有り難さが良くわかる。半円真珠の養殖成功は夫婦二人のものだと思う。
明治29年、半円真珠養殖法の特許が下り、ついに専売特許権を獲得した。生物に特許を与えた初めての事例だった。
(3)日本の真珠、世界の女性を飾る-“世界の真珠王”への道
明治38年(1905年)、幸吉翁の第2の夢、現在では一般的な球体の真円真珠養殖法の発明が成功し、本格的養殖が始まった。同時に、海外市場開拓を開始した。当時の日本の上流夫人の正装はまだ着物が主流であり、首飾りやブローチとなってこそ本領を発揮する真珠にとってやはり市場は海外であった。真珠養殖業に加え、装身具加工業と直販網によってミキモトパール顧客は急増した。
大正5年、58歳となった幸吉翁は中国に初外遊し、上海に初めての海外支店を開設した。その後、ロンドン、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ボンベイ、北京、南京に支店、出張所が開かれた。
幸吉翁は、68歳でアメリカに渡った。当時、日米協会会長渋沢栄一らが激励送別した。独立150年を記念するフィラデルフィア万国博覧会に、法隆寺の五重塔を真珠工芸品として出品した。塔の高さ72センチ、ちりばめた真珠は、養殖真珠201、270個、天然真珠29、270個という豪華さであり、最高賞である名誉大賞牌を受賞した。パーティー招待への参加と同時に、大統領、学者、実業家、発明家、政治家と有名な人物のもとへ遠慮なく出かけたという。商品の魅力と話題づくりのマーケティングとトップセールスである。発明王エジソンから、「おお、これが養殖真珠か。どうして、これは真の真珠だ。私の研究室で試みて、どうしてもできないものが二つある。一つはダイヤモンドで、今一つは真珠です。あなたが動物学上からは不可能とされていた真珠を発明完成されたことは、世界の驚異です」(伊勢志摩編集室『真珠王ものがたり』)と賞賛されたという話は有名である。
当時の年齢で58歳となった幸吉翁が、以後30有余年に及ぶ世界に目を向けた激動の歩みに頭(こうべ)を垂れる。「世界の真珠王」は、こうして実現されたのである。
(4)最後に当たって――夢・信念・世界へ・・・真珠王からのメッセージ
ミキモト真珠島が編集した『真珠王からのメーセージ』から抜粋し、日本が生み出した世界的事業家である御木本幸吉の知られざるメッセージを皆様に伝えたいと思います。
「幸吉は、・・“夢追いびと”でした」
「世界中の女性の首を真珠でしめてごらんにいれます」
「わしは、志摩の尊徳になりたい」
「わしは、日本中を公園にしたい」
「希望ある人間は、どこか輝かしいものをもっている」
「ホラは吹くが、ウソはつかぬ」
「勉強のため要る出費を惜しまぬは利益」
「決まったことは一筋にやり通す、先手先手と押してゆく」
「常識なんかありがたがるな」
「近道やわき道はなるべく通らぬように」
「五年で十五年生きる」
「海外に出よ、尻込みはダメだ」
「成功するには、二段構えで」
「悪い案を出せないヤツに良い案も出せるか」
「富んで貧時を忘れざること」
「いかなる場合も笑いを忘れるな」
幸吉翁は、時事新報社社長時代の福沢諭吉翁とめぐり逢う機会がありました。幸吉翁は、生涯、渋沢栄一とともに福沢諭吉を尊敬していたという。90歳を越えて揮毫を頼まれて、「智・運・命」と筆をふるった。
私たち日本人が、誇りをもって内外に幸吉翁を語り広めることが大切だと感じました。
参考までに、未来を担う子供たち向けの本も紹介します。
笠原秀・作、上総潮・絵『志摩の海にかけた夢』PHP研究所
以上
(参考文献)
伊勢志摩編集室『真珠王ものがたり』
ミキモト真珠島『真珠王からのメーセージ』
大林日出雄『人物叢書 御木本幸吉』吉川弘文館
源氏鶏太『真珠誕生』講談社